伊藤昌亮『曖昧な弱者の時代』
★本書は実に挑戦的な試みである。というのも、著者の専門である社会学的階層分析と政治過程を動学的に論じるという「冒険」をしているからだ。かつてカール・マルクスは、フランス・ナポレオン三世の1799年のクーデターの政治過程を著書『ルイ・ボナパルト・ブリュメール18日』にて分析し、ナポレオン三世のクーデターを支持した階層的基盤を明らかにした。本書もまたこのマルクスの手法に倣い、過渡期の政治における構造分析に挑戦したのである。本書の叙述はまさに過渡期であるがゆえにやや曖昧さやズレも散見される。したがってミネルバの梟が飛翔する時、すなわち後年に至りこの時期の全体像が見渡すことが可能になる時には、改めて検証がなされることになるだろう。だが「階層と政治の関係」について静態的な分析が多数のなかで、この動学的な構造分析は-まさにマルクスがそう望んだように-現実に政治や社会運動に参与する実践者に力を与えうるだろう。したがって本書はわれわれがこの間経験している、大変動期の政治と社会の解剖学として読まれるべきだ。
★「岩波新書」である本書はリベラル派に好意的に読まれるだろう。だが著者が「リベラル派は参政党の躍進という現象から多くを学ぶ必要がある」「参政党の成功はリベラル派の失敗と表裏一体」と書いているように、いわゆるウォーク左派(左派リベラル)を批判的に分析している。これは最近、東浩紀氏らが展開している「左派リベラル批判」と、重点は異なるものの同一線上にある。著者は「明白な弱者」を代弁するリベラルと、「曖昧な弱者」を代弁する右派あるいは高市総理との対立軸でこれを論じているが、この展開についてはぜひ本書を直に目を通してほしい。とりあえず左派リベラルの話は置いておいて、僕が本書で最も注目したのは「ネオリベラリズム」の評価であり、この書評は以下、これに集中して論じたい。