本日発表の自民党新ビジョンを読んでみる。

本日の自民党大会で採択されたこの新ビジョンは、どんなもんなんだろうか
木下ちがや(こたつぬこ) 2026.04.12
誰でも

ビジョンをだしても「改憲」ばかり注目されてしまう…

本日4月12日は自由民主党の大会でした。ここで「立党 70 年 自民党の歩みと未来への使命~自由と民主主義を次世代につなぐ自民党党新ビジョン~」が採択されました。自民党の歴史と展望を論じた包括的な文章ですが、報道だとビジョンに書かれた「憲法改正は『死活的に重要』という部分ばかりが注目されているようです。でも憲法改正は自民党の党是ですし、「死活的」とは書かれているものの、あとでも論じるようにこのビジョンはタカ派的・右派的スタンスとはいえません。このビジョン全体を読むと、なかなかの水準の体系的な歴史観と理念が示されているようにも思えますし、読み方によってはいまの高市政権とかなり距離がある内容ともとれます。このビジョンを起草したのは鈴木幹事長、斉藤健元法相、中曽根康隆議員のようです。鈴木さんは忙しいでしょうから、主に執筆したのは歴史に関する著書のある斉藤さんではないでしょうか。このビジョンがいまの自民党全体に共有されるとはとても思えませんが、与党として向かうべき方向の指針として示されたものを読み解くことには意味があると思います。では、どんな内容なのか。

(自民党新ビジョンの全文は以下)

保守とリベラリズム

新ビジョンでは自民党を「保守」と認定し、「保守とは、一つの「態度」である。昨今、声高に急進的な変革を求めたり、異なる意見を排除したりする言説の傾向が見られるが、こうした態度をわれわれは保守とは考えない」と論じています。そして「党としての一体性が維持されてきたのは、逆説的ではあるが、党に所属する政治家が自由に自らの意見を表明できる多様性にある」と論じています。まるで高市政権を非難する文章のように読めなくもないですが、「自由であることが一体性を培うという」発想は、進歩的かつリベラルな政治学者たちが唱えてきたものです。さらに新ビジョンは、一般的にリベラル派保守の対義語として扱われるが、「保守の対義語は革新であり、リベラルは決して保守の対義語ではなかった」と強調しています。そして「個人の自由と人格の尊厳を社会秩序の基本的条件となすことが、わが党が標榜する「自由(リベラリズム)」であり、…本来の自由は、あくまで社会的な秩序やわが国が独自に紡いできた歴史や伝統や慣習に対する敬意の上に成り立つ。その上で、個人の人格や経済活動その他あらゆる活動の自由を最大限追求する」としています。右傾化、保守化がいわれる自民党ですが、むしろ保守とリベラリズムを節合しようと試みられています。そして「わが党は自由民権運動によって形成された「民党」、すなわち地域社会の絆と暮らしに立脚した「民」の立場から政治を行ってきた」と、自由主義的な運動の系譜に自民党を位置づけています。こうしたリベラルな歴史認識からは、国旗損壊罪といった権威主義的な発想はでてこないはずです。参政党、保守党、あるいは高市政権を支持する権威的右派との差異化が図られているように読めます。

多用される福祉国家という言葉

新ビジョンは「わが党は、自由主義経済を基盤としながらも、公共の福祉を重んじ、福祉国家の完成を目指し歩み続けてきた」と論じています。戦後日本国家が欧州にならうような「福祉国家」であったかどうかは議論が分かれます(僕は日本は開発主導型であり、社会保障を通じた国家介入が弱かったと考えています)。新ビジョンは岸信介政権(1957-1960)を高く評価しています。

「岸内閣は国民健康保険法、国民年金法の成立で一つの起点をつくった。現在の「世界に冠たる国民皆保険・皆年金」の基礎となるもので、最低賃金法を成立させたのも岸内閣の実績だ…現在に続く福祉国家の礎を築いた点は特筆に値する」(新ビジョン)。

これはおっしゃるとおり。日本は福祉国家とは言えないと思いますが、国民皆保険は他国に比べとても優れた医療制度をつくりあげるうえで礎になりました。最低賃金法もいままた、格差社会との闘いのなかで最重要な制度になっています。

「立党時の先人が「国家百年の大計」と見据えた福祉国家の完成。それは、経済の豊かさを実現し、その豊かさを安定した財政運営の下に国民全体で享受すること、そして持続可能な社会保障により将来の安心を約束することで実現された」(新ビジョン)。

もちろんこうした成果は、自民党だけの成果ではありません。でもこうした戦後の達成をいま高く評価し、政治路線に位置付けるということは、2000年代に「新自由主義」に染め上げられた自民党とは距離を置くということが示されています

平和国家と憲法改正

「安定的な経済成長を基盤とする社会を形成するとともに、わが党が保ってきたのは「平和国家・日本」である。戦後、わが国は他国と一度も戦火を交えていない稀有な存在だ」(新ビジョン)。

戦後、自衛隊を保有しつつも、一度も戦火を交えてこなかったことを新ビジョンは誇っています。他方「国際社会は今、社会の分断によって民主主義陣営は危機に瀕する一方、自国第一主義や権威主義国家が台頭し、国際情勢は歴史的な転換期のただ中にある」と危機感を表明しています。「分断と対立が進む国際社会を開放と協調に導き、世界平和を希求する存在として日本外交の道筋を示す必要がある」。新ビジョンはこう指針を示したうえで、憲法改正についてこう論じています。

「まず、日本国憲法の前文には「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、現実では国連の安全保障理事国であるロシアが侵略行為を行っていることからも、公正と信義に十分な信頼を置ける状況にはないことは明白である。戦後の国際秩序が大きな転換を迎えた今、自分の国を自らの手で守り、真に自立する国家としての意思を明確に示し、戦争や混乱といった恐怖から国家国民を守り抜く。国家存亡の危機に備えるための必要な能力を整える必要がある。立党以来の党是である憲法改正の実現に向けた取り組みを進めていくことが今後30年のわが国の安全保障を考える上でも、これまでになく死活的に求められている。わが党は立党時に「党の使命」として「現行憲法の自主的改正」を掲げ、一貫した党是として憲法改正の実現を目指してきた。憲法とはわが国が培ってきた独自の歴史・文化・伝統を基に、国の理想を物語り、国家の新たな「背骨」となるものである。戦後80年、立党70年が経過し、わが国を取り巻く国際情勢が激動する今こそ、憲法を自らの手で、国民とともにつくり上げ、自らが目指す国家の形を内外に示さなければならない。憲法改正は、単に国際社会の変容に対応するということにとどまらない。自らの意思で時代にふさわしい国の姿を形作るという高い理想を掲げて、その実現に向けて党の総力を結集せねばならない」(新ビジョン)。

新ビジョンでは憲法のどこの条項がどう「死活的」に変えなければならないのかは提示されていません。むしろ国際情勢の激変の中で日本がどう国民主権国家として主体的足りえるかという問いかけの方が強調されているようにも読めます。これを軍国主義化といった文脈で読むのか、それとも進歩的な国家理念を希求していると読むのかは議論が分かれるでしょうが、メディアで報じられているような、「とにかく改憲をやりたい」といった情緒的なものではないと思われます。そして新ビジョンは、戦後民主主義をこう高く謳いあげます。

「わが国は戦中に、言論の自由や、集会・結社の自由が著しく制限され、議会制民主主義の機能も発揮されない時代を経験した。敗戦によってもたらされた惨禍や、国民が味わった屈辱や喪失感の中で、戦後の民主主義は産声を上げた。その「良き宝」である自由と民主主義を次世代に引き継ぐことこそが、わが党に課せられている使命の根幹である」(新ビジョン)

「戦後レジュームからの脱却」を唱えた安倍元総理、そして高市総理はこの新ビジョンで本当にOKなのでしょうか。さらに、

「人類史上例を見ない速度で情報が国境を越えて飛び交う現代社会では、自由と民主主義はさまざまなリスクにさらされている。無秩序や単純さを求めるといった知識の解体、社会の中で人や地域、企業や団体とのつながりが失われることで生まれる疎外感などは、未来において自由や民主主義のリスクになり得る。こうしたリスクをより際立たせ、全てを単純化する動向が大衆迎合政治(ポピュリズム)である」

戦後民主主義を守り、ポピュリズムと対峙することが、新ビジョンでは強く打ち出されています。戦後民主主義の土台が社会のつながりであったこと、その解体こそがポピュリズムをもたらしたという、近年の社会科学の議論がきちんと踏まえられています。こうした社会分析を踏まえることができるだけの力があるからこそ、自民党はまだまだ「しぶとい」のでしょう。

結び

このようにいくつかのポイントをざっと論じてみましたが、この新ビジョンには体系的な理念があり、今後の日本の政治社会を議論していくうえでの論点がたくさん詰まっています。とても高市政権の与党のビジョンとは思えないところがこのビジョンの肝かもしれません。冒頭でも書きましたように「改憲を死活的に訴えた」というマスコミの見出しをみただけでスルーするのは惜しい内容です。ぜひ全文を読んでみてください。

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