ブランコ・ミラノヴィッチ「新自由主義的グローバル化の「美徳」が、いかにしてその没落の道を開いたか」

経済学者ミラノヴィッチによる、新自由主義的グローバル化が今日の保守的な「伝統主義」への回帰をもたらしたプロセスの解説。コスモポリタニズムと競争原理により富を得たいという欲望は、社会や家族を結びつけていた道徳的規範を消し去さることに帰結した。まさに新自由主義の成功こそが没落を招いた現局面を理解するうえで有益なエッセイです。
木下ちがや(こたつぬこ) 2026.05.01
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1980年代初頭から2020年代頃までの40年間にわたり、西側のエリート層が想定した新自由主義的グローバル化を最も簡潔に定義するとすれば、それは「コスモポリタニズム」と「競争」という二つの思想によって推進されたものだったと言えるだろう。

コスモポリタニズムは、クイン・スロボディアンの著書『グローバリスト:帝国の終焉とネオリベラリズムの誕生』(2024年、白水社刊)に見事に描かれているように、1930年代のウォルター・リップマンによるパリでのコロキウムや初期のモンペルラン協会にまで遡る新自由主義の思想であった。コスモポリタニズムとは、理論的に言えば、私有財産の保障、自由貿易、低い税率、そして「妥当な司法行政」といった最適な経済条件に置かれれば、世界中のあらゆる個人が等しく重視され、等しく経済的向上を遂げ得ることを意味していた。アダム・スミスの不朽の名言にあるように、すべての人に共通する「自身の境遇を改善したい」という願望が満たされ、世界がかつてないほどの繁栄を遂げるために必要なものは、それ以外のほとんど何もなかった。コスモポリタニズムやインターナショナリズムは、国家政府そのものが表舞台から姿を消し、個人が自己利益を追求する自由を享受できる新自由主義的世界を支える政治思想であった。したがって、理想的には、政府の役割が最小限、あるいはほとんど存在しない世界であった。新自由主義の用語で言えば、「国家の権威(インペリウム)」すなわち国旗、国歌、言語、その他の国家の象徴は政治家、そしてもし本当に投票するのであれば有権者に委ねられ、真の「支配」の世界とは、商品、資本、技術、そして人々の移動さえも自由な世界となるはずだった。

コスモポリタニズムが世界的な富と繁栄を生み出すためには、世界は競争的である必要があった。人々は国境を越えて互いに(あるいは互いに対抗して)競争することを認められるだけにとどまらず、自分たちのものになり得るあらゆる財の顕示、そしてその競争に勝利した際に得られる社会的承認によって、競争へと駆り立てられる必要があった。

競争は世界的な成長をもたらした。1980年から2020~21年にかけて、世界の1人当たりGDP平均は2倍以上に増加し、ベルリンの壁崩壊時の7,700ドル(2005年国際購買力平価ベース)から、コロナ禍の時期には1万7,000ドル近くまで上昇した。これにより、世界全体の1人当たり年間平均成長率は2.1%となった。(しかも、これは世界人口が1980年の44億人から80億人へと増加したにもかかわらず達成されたものである。)一人当たり所得が2倍以上に増加したことに加え、世界人口もほぼ2倍になったということは、新自由主義的グローバル化の時代において、世界で生産される財とサービスの総量が4倍になったことを意味する。

だがこの主にアジア諸国、とりわけ中国の高い成長率によって実現された「顔の見えない(アノニマス)」な成長率は、富裕国における国内の新自由主義者たちの主張を後押しするものではなかった。政治的に注目されたのは、2.5%という世界全体の成長率ではなく、米国やほとんどの西側先進国において、人口の大多数が実質(インフレ調整後)で年間約1%の成長率にとどまる一方で、富裕層の所得はそれの2~3倍の速さで増加していたという事実であった。さらにロナルド・レーガン大統領時代以降の新自由主義時代は、富裕層の所得が中産階級や貧困層の所得よりも速く増加したという意味で「富裕層優先」であっただけでなく、それ以前の時期と比較して、全体的な成長が鈍化した時期でもあった。実際、所得分布の最上位層を除くすべての階層において、新自由主義時代の成長率は、それ以前の15年間に比べて鈍化していた。

世界は、少なくとも一時的に、国家の境界や人種、性別によって分断されるのではなく、人々の能力、スキル、努力の差によって分断された、一つの世界になったように見えた。

それは、たとえ新自由主義的グローバル化がその理想に到達することはなかったとしても、国境なき世界であり、地球上のあらゆる場所とコミュニケーションを取り、潜在的な競争相手が何をするかを知り、そして彼らを凌駕しようと試みることで競争心が刺激された、激しい競争を繰り広げる個人たちで埋め尽くされていた。

コスモポリタニズムと競争というこれら二つの特徴は、それ自体はかなり魅力的であったが、結果として新自由主義的グローバル化の破綻を招いた。

コスモポリタニズムは国家の政治的境界に激突した。過度な競争は、貪欲と非道徳、そしてかつて最も私的なものとされていたものさえも含むありとあらゆる活動の商業化の世界を生み出した。根本的には、それは家族を不要なものにしてしまう恐れがあった。

豊かな国々における新自由主義的グローバリゼーションの勝者たちは、まさに美徳と見なしていたコスモポリタニズム(それゆえに有害なナショナリズムから自由であるという自負)に鼓舞され、恵まれない同胞の福祉を外国人や見知らぬ他人の福祉と同程度に取るに足らないものと扱うだけでなく、そのような開かれた競争における同胞の失敗は、何らかの人間的あるいは道徳的な欠陥の表れであると信じるようになった。経済的成功は徳のあることと同義であり、あるいは、マーガレット・サッチャーやロナルド・レーガンとほぼ同時期に出世した鄧小平が述べたように、「金持ちになることは偉大である」ということだった。

しかし、政治体制は国民国家という枠組みの中で組織されている。恵まれない同胞たちは、忘れ去られ、無視されていると感じた。彼らは自分たちが扱われる方法に憤りを感じた。富裕層が遠く離れた場所に投資する用意、いや熱意さえ見せることを、彼らは国内の労働者に対する冷酷さだと捉えた。安価な輸入品や他国でのオンライン業務によって失われた雇用に代わる新たな雇用の約束は、現実に結びつくことが難しかった。彼らの不満は、最も豊かな民主主義諸国において政治的混乱を引き起こした。2007年から2008年にかけての世界的、より正確には西側諸国における金融危機は、漠然と政治的な感覚としてしか捉えられていなかった事柄を、明白かつ切実なものとした。富裕層は取り残された人々を顧みず、危機の代償を支払わねばならなくなった際、その請求書が自分たちに回ってこないよう画策したのである。

かつては、1930年代の大恐慌時のように、極左政党と極右政党を等しく支持していた不満層も、今や選択肢が少なくなっていた。左派政党は、「現存する社会主義」の失敗によって信用を失っていたか、あるいはニュー・レイバーの政策を通じて、西側の労働者階級や中産階級を深く幻滅させた新自由主義的グローバル化を推進する上で、中道右派政党の共犯者と見なされていた。実際、新自由主義的グローバル化の頂点は、米国ではビル・クリントン、英国ではトニー・ブレア、フランスではフランソワ・ミッテランという、名目上は左派の政権下で達成された。失望した大衆は、国民的連帯、国内住民と外国人への平等な扱いの終焉、移民の阻止を掲げ、さらには壮大なélans(熱意)に満ちた公約として、新たな工業化の翼に乗って雇用を回復させると謳う右派政党へと目を向けた。国際舞台において、新自由主義的グローバル化はこうして次第に新重商主義に取って代わられていった。新重商主義は、経済的強制、外国資産の差し押さえ、輸入禁止、そしてかなり大胆な関税政策を用いて、商品やサービスの自由な流通を遮断、あるいは少なくとも統制しようとした。労働力の自由な移動は、新自由主義的グローバル化の全盛期でさえ政治的な支持が乏しかったため、止めるのはなおさら容易であった。

新自由主義の方程式の第二の要素である、国境や時差を越えた競争は、技術の進歩も相まって、自宅、自家用車、そして料理から高齢者や乳幼児、あるいはペットの世話に至るまでの家事といったものが、安定した職を失い、不満を抱える階層の一員となった人々へと、まさに「外部委託」されるような世界を生み出した。「栄光」すなわち富を得たいという欲望は、社会や家族を結びつけていた道徳的規範を消し去った。そのように認識された非道徳性は、反体制的な右派政党の台頭をさらに後押しした。それらの政党は、失われた雇用の回復を約束しただけでなく、不満を抱く人々の自尊心の回復や、伝統的価値観への回帰を約束することで勢力を拡大した。その価値観は、かつてそれが支配的であったとされる時代でさえ、おそらく実態より伝統的であるように見えたものに過ぎなかったかもしれない。

ギリシャ悲劇のように、新自由主義的グローバル化が称賛し、数十年にわたるその成功を保証したのと同じ特性が、国内の政治的混乱や、外国の物や人々に対する保護的な障壁を優先してコスモポリタニズムを放棄することを通じて、必然的な没落へと導いた。要するに、対外的には重商主義への回帰、そして対内的には、より伝統的な世界への回帰という、今のところ徒労に終わっている試みによって、新自由主義的グローバル化は置き換えられてしまったのである。

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