左派経済ナショナリズムは可能か?
解題
フランスの教育環境の向上を訴える学生たちのデモは欧州全体に広がる様相をみせています。債務国家危機にあるフランスの世論は左右に両極分解の傾向をみせ、来年の大統領選挙では遂に極右の大統領が選出されるかもしれないという観測が強くなってきました。冷戦崩壊後のグローバル化の最大の成果のひとつであるEUの陰りが加速していくもとで、ナショナリズムについての議論が再燃しています。
今回のletterでは「ニューレフトレビュー」という英国の雑誌に掲載された書評の仮訳をそえてみました。原文は以下https://newleftreview.org/issues/ii160/articles/benjamin-kunkel-the-new-national-question)
同誌はイギリスの伝統ある左翼学術誌、エリック・ホブズボーム、「想像の共同体」のペネディクト・アンダーソンら、イギリスの著名な社会学者たちを輩出してきた雑誌です。この書評を書いているのはアメリカ文学界の寵児であり、社会科学者でもあるベンジャミン・クンケル。この長文の書評における彼の問いは、「グローバル化が終わり、国家回帰と経済ナショナリズムの台頭がすすむことが、左派にとってどのような戦略的意味を持つのか」ということ。そして「そもそも左派は新自由主義やグローバリズムを右派よりも強く批判してきたにもかかわらず、その機会を活かせていないのはなぜか」ということです。
書評では日本でも翻訳がされているデビット・ハーヴェイ、ブランコ・ミラノヴィッチ、ウォルフガング・シュトレークらの議論を検討しつつ、19世紀のリストからはじまる経済ナショナリズムの系譜をあらためて踏まえたうえでグローバル化とその終焉、ネオリベラリズムについての論点整理、そして右派ポピュリズムの限界と左派経済ナショナリズムの可能性について論じられています。グローバル化は国民主権、民主主義と経済の結びつきを断ち切りました。ふたたびこの結びつきを取り戻すうえでの左派の役割を、クンケルは論じていきます。
ところでこうした経済・ナショナリズムについては日本の左派はまったく論じておらず、保守派の論客の独占物になっています。日本の左派リベラルの特異なナショナリズム忌避とアイデンティティ政治への特化に起因していると思われますが、日本において左派やリベラルが再生していくうえで、この経済ナショナリズムをめぐるオルタナティブの考察は避けられないという事を、この書評は示唆しているともいえます。
では長いですが、よければ読んでみてください。
ナショナリズムめぐる新たな問題
ベンジャミン・クンケル
「我々はある時代全体に別れを告げた。」 アポリネールは、この衝撃的な出来事――「私たちは一つの時代全体に別れを告げた」――を1914年8月31日と位置づけている。彼が傑作『ラ・プティット・オート』で語っているように、その日、彼と友人はドイツ軍の進撃から逃れるため、ノルマンディーの海辺のリゾート地ドーヴィルを出て、南の首都へと向かった。一晩中車を走らせた後、
私たちはパリに到着した
ちょうど徴兵令が掲示されようとしていたその時
友人と私は気づいた
あの小さな車が私たちを新たな時代へと導いてくれたのだと
そして、私たちは二人ともすでに成熟した大人であったにもかかわらず
まさにその瞬間に生まれたばかりだったのだ(1)
はじめに
アポリネールは1914年に従軍し、2年後に前線で頭部に負傷し、1918年には世界的なインフルエンザの流行により38歳で亡くなった。彼が「新しい時代」を宣言したのは正しかった。第一次世界大戦の余波により、エリック・ホブズボームがずっと後に指摘したように、「フランスと日本海の間には、古い政府は一つも残っていなかった」のである。この歴史家は、ナショナリズムに関する著書の中で、戦後の時期こそがヨーロッパの地図が「初めて 、そして結局のところ唯一、ナショナリズムの原則に従って再び描かれた時期であり、ヨーロッパのナショナリズムの語彙が、新たな植民地解放運動によって採用されるようになった時期であった」 と記している。(2)脱植民地化の最後の大規模な激動が起こったのは1970年代になってからであったが、形式的な、そしてしばしば多国籍な帝国は、やがて世界史の主要舞台から姿を消し、その代わりにほぼ均一な国民国家が台頭した。
アポリネールの詩は、歴史的な大変革が、たとえその完全な帰結に至るまでに何世代もかかるとしても、時折、ある一日から次の日へと起こる「瞬間的な予告」として体験され得るという事実を証言している。昨年、セルビア系アメリカ人の政治経済学者のブランコ・ミラノヴィッチは、同様の表現を用いてトランプ大統領の2回目の就任式の日付を予見した。「歴史的出来事の目撃者が、自分たちが歴史を変える出来事を目撃したり、それに参加したりしていることに気づくことは、ほとんどない。……しかし、2025年1月20日、我々はまさにそのような出来事を目の当たりにするだろう」。この就任式は「グローバル・ネオリベラリズムの象徴的な終焉」を告げるものであった。「グローバリズムは今やナショナリズムへと転換された」。(3)グローバル・ネオリベラリズムがトランプ政権下で突然終焉を迎えたというこの主張には、当然ながら疑問の余地がある。ミラノヴィッチ自身も、ネオリベラリズムの主要な経済的特徴(低い税率、規制緩和、そして利益の崇拝 )は、グローバリゼーションの終焉後も存続する可能性が高いと認めた。さらに、政権発足から2年目を迎えた現在、トランプの気まぐれな関税措置の多くは最高裁によって違法と判断されている。また、異なる法的理論に基づいて打ち出された後継の政策が、それ自体に対する法的な異議申し立てを退けたとしても、トランプによるその場しのぎの保護主義への踏み込みが、将来の米国政権が同様の方法で貿易の門戸を弄ぶことを保証するものではない。だがミラノヴィッチが懸念していたのは、ネオリベラルなグローバル化が頑固な経済体制として存続することよりも、世界観としての運命の方だった。トランプの勝利を収めたナショナリズムはは、「1980年代から、そして間違いなく1990年代初頭から今日に至るまで支配してきたイデオロギーとの決別を象徴している」からだ。もしケインズの「政治家はたいてい、すでに時代遅れとなった経済学者の奴隷である」という指摘が正しければ、この世界観の変化は実務的な面でも間違いなく重要な意味を持つことになるだろう。
実際、新自由主義的グローバル化の時代が終焉を迎えたという宣言や、 経済ナショナリズムという新たな時代が幕を開けたという宣言は、ここ数年、決して少なくはなかった。1990年代以降「新しい地球」(ネオグローボ)の布教と最も深く結びついていた米国でさえ、貿易相手国を公然と軽蔑し、ゼロサムの保護主義を提唱する排外主義者を大統領に二度も選出した以前から、すでにそうだったのだ。2024年9月に『フィナンシャル・タイムズ』紙は「 「新たな経済ナショナリズム」という見出しで3本の記事を掲載した。そのうちの1本では、ある中国の鉱業コングロマリットが、この目的のために特別に設立された「目立たないシンガポールの企業」を通じてオーストラリアの希土類企業に投資しようとしたが失敗に終わった事例(キャンベラは最終的に国益を理由にこの取引を阻止した)が、「はるかに大規模かつ複雑な地政学的傾向」を予見するものとして取り上げられていた。
中国と米国主導の西側諸国との間の激化する対立が、世界の経済秩序の分断を招いている。北京、ワシントン、ブリュッセルをはじめとする各国の首都は、自国の市場を保護し、競合他社の技術的進歩を阻むため、一連の関税、輸出規制、その他の措置を講じてきた。(4)
そして2024年11月、 トランプ氏の2度目の当選からわずか数日後、『ロンドン・レビュー・オブ・ブックス』誌は、アダム・トゥーズによる「バイデノミクス」の事後分析を掲載した。そこでは、退任する政権が、外国、つまり中国との競争から国内のグリーンエネルギーおよび半導体産業を守ろうとした取り組みが、トランプ氏の第1期におけるやや無謀な保護主義的レトリックを現実のものにしたと指摘されていた。トゥーズは、「国家生産主義」が「2016年以降の共和党と民主党の政治における共通の分母」となってきたと記した。実際、「[ハイテク]サプライチェーンにおける中国の役割の最小化……はオバマ政権から始まっていた」。特に技術、例えばAIやそのマイクロチップに関しては、 北京は当然のことながら、米国の目的を「民間企業の貿易や投資の決定への強引な介入を含め、あらゆる手段を講じて、中国を牽制し、米国が決定的な優位性を維持すること」と捉えていた。トゥーズは、「グローバル化に対する純粋に経済的な理解からの逸脱」として、「その立場の決定的かつ重要な意義をいくら強調しても過言ではない」と指摘した。(5)
経済ナショナリズムに関する現代の学術文献は膨大であり、最近の著作の一部については、数号前にニコラス・マルダーが本誌で論じている。(6)本稿の目的は、より直接的には政治的なものである。経済ナショナリズムの新たな時代が、国際舞台からグローバリゼーションを排除するために実際にどこまで進むかは、現時点では未知数かもしれない。しかし、そのような体制が、その前身よりも急進的な左派勢力にとってより好都合なものとなる可能性があるかどうかを問う価値はある。トランプをその象徴として用いていることからも示唆されるように、イデオロギーおよび政治経済における「国家回帰」という動向は、これまで主にそれを擁護してきたポピュリスト右派と結びついた展開である。テクノクラート的な中道左派も、この機を完全に見逃したわけではない。その証拠として、バイデン政権の2022年「インフレ抑制法」におけるグリーンディリジズムへの試み――再生可能エネルギー生産者やヒートポンプ・EV購入者への税額控除――や、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ブリュッセルがより高価な米国産天然ガスへの切り替え(「ウェストショアリング」)に踏み切ったことが挙げられる。
本来であれば、 左派の政党や運動は、ネオグローバリズムによる経済的受動性から国家の権限の再主張へのいかなる転換も捉え、主導する上で有利な立場にあるはずだ。何十年にもわたり、今日よりもはるかに孤立した活動であった時代に、自由化・規制緩和された経済秩序に対して激しく非難してきたのだから。しかし現時点では、2010年代に台頭した各国の様々な左派勢力は、 グローバル化の混乱を活かすための取り組みをほとんど行っていない。これは説明を要する問題であり、解決策がなおさら求められている。最近のナショナリズムの高まりの背景には、結局のところ、世界的に高まりつつある経済的かつ生態学的な両面におけるエコロジー危機があり、人類の大多数にとって、より馴染み深い資本主義的な形態の、互いに競い合う致命的なナショナリズムによってこの危機が解決されるのを座視する余裕などほとんどない。これは、目前の問題がいかに重大な賭けであるかを示唆している。以下では、ポスト 秩序が今日の左翼に提示しうる問題と可能性を探り、いくつかの批判理論的アプローチや展望を検討する。ただし、その前に、現代の経済ナショナリズムの「前史」に触れておくことが有益だろう。過去の潮流が現在の波をどのように位置づけるのに役立つかを学び、グローバル化そのものの歴史から、新たな世界的な経済体制の到来についてどのような教訓が得られるかを確認するためである。
旧体制(アンシャン・レジューム)
20 世紀の経済ナショナリズムが最終的にどのような形をとるにせよ、その「アンシャン・レジーム」の大きな輪郭は十分に明らかであり、その「海岸線」は 視界から消えつつあるように見える。ここには、傾向として地球規模の経済生活モデルが存在した。そこでは、国家による規制がほぼ及ばない国際的な資本流動を通じて、金融のレベルで各国経済がますます統合され、また、国家の支援からほぼ独立した国際的に競争力のある企業によって支えられたグローバルなサプライチェーンを通じて、物理的あるいはデジタルな商品のレベルでますます相互に絡み合い、また、安価な輸送手段と、公式・非公式に緩和された移民制度が相まって、移住という名目のもとで行われる熟練・非熟練労働力の国際的な裁定取引を促進したことで、国民のレベルでもますます融合が進んでいた。
この普遍的な仕組みの主な直接的な恩恵は、世界中で絶えず増大する繁栄であると見なされていた(たとえ、 富裕国の国民の大部分については、絶対的な所得は頭打ちとなり、相対的な所得は低下した。これは、特にミラノヴィッチによって近年徹底的に分析されてきた問題であり、最終的には政治家にとって無視することも是正することも不可能なものとなった) 。一方、新自由主義的グローバル化の主な副次的便益は、今後、互いに経済的に深く統合されすぎて敵対関係に陥る余地がなくなるため、国家間の戦争が防止されることだと考えられていた。(7)政治的には、このような好意的な状況は、その利点が明らかであるはずの民主的な市民によって、定期的に承認されることになるはずだった。そして、最後にして最も重要なこととして、文化的な観点から言えば、グローバル化はコスモポリタニズムを育むはずだった。商業的な娯楽や進取の気性を持つ個人――アメリカのプラグマティズム哲学者ピアースが「あの海賊の俗語」と呼んだ英語は言うまでもない――が、ますます広い範囲で世界中を循環することで、あらゆる種類の偏見が薄れていくはずだったからである。
いずれにせよ、これが公に掲げられたプログラムであり、1990年代初頭に広く公に宣言される前後の数十年間、グローバル化による規制緩和の要請は、欧州の農業や米国の航空宇宙産業のような、恥知らずなほど巨大な例外が存在したにもかかわらず、実践においてますます裏付けられていった。世界貿易、すなわち世界のGDPに占める輸出入の総シェアは、1970年の国際総生産の約4分の1から、2008年には60%へと拡大した。世界金融危機の際の短期間の低迷、そして2020年のパンデミックによるさらなる低迷を経て、 2025年には68%に達した。一方、年間の国境を越える資本流入額は、2007年には11.4兆ドルであったが、その後約4兆ドルまで縮小した。(8) 他の面においても、グローバル化は停滞しているか、あるいは逆流によって影を落とされているように見える。国際平和の時代とされるこの時代は、当初からその基盤が揺らいでいたが、今やロシアとウクライナ、そして米国/イスラエルとイランとの間の大規模な戦争によって引き裂かれており、共存共栄などどこへやらである。自由民主主義の正当性として、この時代は、そもそも選挙を行ったことのない中国の党―国家の安定性と表向きの正当性に直面している。 90年代には西側諸国を模倣する途上にあるように見えたロシアにおける、見せかけの選挙や民衆弾圧、西側諸国自らが寵愛するいわゆる自由民主主義国家イスラエルによって臆面もなく強行されるアパルトヘイト、そして、大国(米国、インド)から小国(ハンガリー、再びイスラエル)に至る民主主義諸国の指導者たちによる個人崇拝的な権威と選挙制度の形式を混合させた「非自由主義的民主主義」という手ごわい構想、これらすべてに直面してきたのである。最後に、 コスモポリタン的な事業としてのグローバル化は、ミラノヴィッチによれば「人種的・ジェンダー的平等」や「多文化主義」といった価値観を、彼が言うように「死滅」させたというよりは、権力の頂点に陣取る、再び勢いを増した性差別や人種的偏見に対して、防御的な姿勢に後退させられたのである。(9)これらの後退は総じて、あるプロセスの深刻な危機を物語っている。それは、米国が裏付けとなった自由市場という旗印の下での、人類の生活の漸進的な統合と約束された改善というプロセスであり、つい数十年前の時点では、風変わりなユートピア的構想から、もはや止めようのない現実へと変貌を遂げたかのように見えたものである。
通常、大衆に対して「新自由主義」や「資本主義」といった言葉を使うのを避ける傾向にあったジャーナリストや政治家たちが、表向きは不可逆的なプロジェクトとしてそのままに呼称した「グローバル化」の全盛期は、主流派のレトリックの領域においては、1996年から2008年までの約12年間に過ぎなかった。一方、新興の、そして後に支配的となった経済体制としての黎明期は、デヴィッド・ハーヴェイが著書『新自由主義ーその歴史的展開と現在」で指摘しているように、1978年から80年にかけてに位置づけられるかもしれない。この時期、鄧小平は「世界人口の5分の1を占める国において、共産主義支配下の経済の自由化に向けた最初の画期的な一歩を踏み出した」。また米国ではボルカーがFRBの舵取りを引き継いだ。また、これはサッチャーとレーガンがそれぞれの国の指導者として初めて選出された時期にあたる。(10)もちろん、クイン・スロボディアン、ディーター・プレウェ、フィリップ・ミロウスキーが詳細に論じているように、新自由主義そのものは、台頭しつつある政治哲学として、国際競争から労働者や企業を保護しようとする国民国家の野心を拒絶することで、常にグローバル化の理想を内包していた。それははるか昔の両大戦間期にまでさかのぼって、さらに長い上昇過程を辿っていた。(11)
だが新自由主義的グローバル化の台頭と危機をたどることは、これら二つの展開を説明することにはならない。ここでは、新しい体制が、まずそれに対する解決策の提示に先行する危機を必要とし、第二に、それを実行するために必要な政治的主体を必要とした、という点に留意すれば十分である。1970年代は、当然ながら、その契機となる危機をもたらした。当時、貧困世帯への福祉的移転という広範なモデルや、労使関係のコーポラティズム的運営に加え、海外から引き起こされたオイルショックや国内労働者による無断ストライキが相まって、第一世界諸国において、企業の収益性と消費者の購買力の両方を脅かすほどのインフレを引き起こしたのである。ロバート・ブレナーは、 『グローバル・タービュランス経済学』において、1970年代の危機の根源を別の場所、すなわち国際的な過剰生産能力に苦しむ産業の収益性低下にあると後に指摘した。これにより、日本から米国、西ドイツに至るまで、 過去20年間の水準を下回る水準にまで押し下げた。(12)いずれにせよ、インフレの加速と成長の鈍化が相まって、経営者と労働者の双方の間に、戦後最初の数十年間に築かれた「埋め込まれた自由主義」やケインズ主義的合意を放棄し、新自由主義、あるいは(レーガンやサッチャーが好んで用いた表現で言えば)「自由企業」の実験に踏み切ることをいとわない指導者を擁立するのに十分な支持基盤が形成された 。1980年代には、IMFと世界銀行が、1960年代の開発主義の過程で生じた債務負担の繰り延べの代償として、ラテンアメリカ、アフリカ、東南アジアの広範な地域に、資本の自由な移動、規制緩和、民営化、貿易障壁の削減といった、同じ「ワシントン・コンセンサス」の処方箋を押し付けた。1990年代には、米国の専門家たちが旧ソ連圏全体にショック療法を処方し、インド国民会議派はインドの規制を大幅に緩和し、欧州諸国は新通貨への加盟に向けた収斂基準によって締め付けられた。2001年、中国は自由貿易の仲間入りを果たした。(13)
ハーヴェイは著書『新自由主義』の中で、新自由主義を「階級権力の回復」という観点から説明しており、 そして、富の所有者たちは、国家支出を縮小することで自らの税金を減らし、労働組合と対峙することで労働者の賃金を引き下げることを約束する経済哲学に、当然ながら好意を抱いた。しかしもちろん、資本家たちの熱意だけでは新自由主義の時代をもたらすことはできなかった。同時にハーヴェイは、経済的利益が株主のそれと明らかに一致しない有権者を対象とした「伝統や文化的価値観」への訴えかけも、新自由主義的な右派政党の成功において「大きな役割を果たした」と指摘している。実際、オーストラリアの社会学者メリンダ・クーパーが、特に米国の事例に注目して強調するように、新自由主義の経済政策と「家族価値観」の政策は一致していた。住宅、失業保険、医療、教育に関して国家が提供する支援が少なければ少ないほど、家族世帯への依存度が高まり、その結果、道徳的・宗教的保守派がふさわしいと考える中心的な地位へと家族世帯が回復されることになる。(14)
とはいえ、1990年代以降にネオリベラリズムが達成した驚くべきイデオロギー的優位性は、もし「新しい地球」(ネオ -グローボ)が右派の独占物であり続けたならば、実現し得なかっただろう。その支配は、労働者階級の伝統的な政党であるまずクリントンの民主党、次いでブレアの労働党が、右派の先駆者たちと同等かそれ以上の熱意をもってネオリベラリズムの原則を掲げたときに確固たるものとなった。この転換の一部は後に欧州大陸の社会主義者(例:ドイツのSPDのシュレーダー)やラテンアメリカのポピュリスト(例:アルゼンチンのペロニスト、メネム)によっても繰り返されたわけだが、これは疑いなく、ネオリベラリズムの歴史的必然性に対する誠実な信念に由来するものであり、 これに抵抗するのは愚の骨頂なのである。しかしそれは同時に、自由化された国際資本流動への現実的な屈服でもあった。社会プログラムあるいは産業政策への過剰な支出によって財政赤字を過度に膨らませた国の国債からは、資本が逃げ出す可能性があるからだ。1993年の就任からわずか数週間後、クリントンは自身の主要な経済顧問たちに対し、「 『私の政策の成功と再選』が、FRBや一握りの債券トレーダーたちに左右される」ことに驚きを表明した。(15)
中道左派の政治家たちは当初、新自由主義の掟に不本意ながら屈服したかもしれない。しかし、クリントンや米国および海外の他の政治家たちは、やがてワシントン・コンセンサスの中に選挙で優位になる可能性を見出した。もし左右の主要政党が同様にネオリベラリズムを主張すれば、 いわゆる「伝統」への排外的な訴えによってまだ右派に引き寄せられていない労働者階級の大部分は、 ――もはや提供されていない階級政治への未練がどれほど残っていようとも――新自由主義の中でもより人道的、あるいは「社会的」な翼として中道左派に投票するほかないことになるだろう。同時に、新自由主義的グローバル化に自らの利益を見出した大都市の専門職たち(世界の株式市場への投資家、安価な輸入品の購入者、あるいは非組合化された「サービス」の消費者として)は 、今後自らの経済的利益と矛盾することを恐れることなく、同様に中道左派を支持することで、自らの社会的進歩主義を表明できるようになるだろう。言い換えれば、かつての社会主義政党、社会民主主義政党、あるいは労働運動の政党こそが、民主主義国家を次々と巡り、「世界史上最も成功したイデオロギー」の勝利を裏付けたのことを証明したのである。(16)
この極端に様式化されたグローバル化の歴史が、その後継を目論む経済ナショナリズムへの指針となるのであれば、そこから得られる教訓は少なくとも二つあるだろう。第一に、経済ナショナリズムは、それ以前のネオリベラルなグローバル化と同様に、既存の秩序に取って代わるチャンスを得るためには、その秩序の真の危機を確実に必要とする。そして、その危機という点において、現代の歴史は、後述する理由から、それを後押しする強い兆候を示している。そして第二にネオリベラリズムの半世紀にわたる支配に匹敵するような経済ナショナリズムの台頭は、後者の場合と同様に、それを支持する新たなコンセンサスによって裏付けられる可能性が高い。つまり政治的スペクトル全体にわたる主流の政治主体が、それ以外の点で劇的な相違があろうとも、経済ナショナリズムを支持するために結束するということである。実際、経済ナショナリズムは、常に自由放任という同一の政策への国際的な収斂を予見していた新自由主義的グローバル化とは、まさにこの点で鋭く対照をなしている。すなわち、経済ナショナリズムを実践する方法は極めて多様であり、その中には激しく対立するものさえ存在するということだ。
国家システム
経済ナショナリズムという用語が最終的にどのような意味を持つにせよ、この用語は21世紀に再燃する以前から、当然ながら長い歴史を歩んできた。ドイツの経済史家マーヴィン・ズースによる見事な概説書『ナショナリストのジレンマ:経済ナショナリズムの世界史、1776年~現在』(未邦訳)の副題が示唆するように、この現象は事実上、国民国家そのものと同時代のものであり、ビスマルクのドイツからニエレレのタンザニア、ペロンのアルゼンチン、マハティールのマレーシアに至るまで、世界中の国々の歴史において、決定的な時期に繰り返し現れてきた。したがって、ズースの著書の強みは、その年代的な広がり ——250年前に新たに建国された米国から、今日のトランプとその国際的な追随者たちの不穏な台頭に至るまで——と、その地理的範囲の広さにあり、アメリカ革命やフランス革命の時代から、19世紀後半の国家帝国主義、戦間期、脱植民地化、再グローバル化、そしてラテンアメリカの の「ピンク・タイド」に至るまで、約24カ国について簡潔かつ詳細な考察を展開しているところにある。(17)
ズースは、地形的類似点に鋭い目を向けて、この広大な領域を精査している。一例を挙げれば、国家政策における経済ナショナリズムは、多くの場合、事前の知的予告に依拠していた。南北戦争前の米国における関税引き上げを主張した、マルクスによれば「唯一重要なアメリカの経済学者のヘンリー・ケアリーであれ、あるいはとりわけフリードリヒ・リストであれ、その主要著作『政治経済学の国民的体系』(1841年)は、いまだにそのようなシステムにおける各国の実践的試みに対する、最も重要な理論的根拠であり続けている。ナポレオン戦争後の時代、イギリスの世界的な製造業および海軍における優位性に直面して、ドイツ、米国、その他の大国が経済を発展させるための道筋を戦略的に描いたリストは、工業製品のための強力な国内市場というドイツの思想と、米国の拡張主義や自給自足、そして特に鉄道や一般インフラの整備を目的としたフランスの指導型経済(ディリジスム)の事例とを組み合わせた。(18)リストの提唱した「対外保護」と「対内指導」という思想は、それ以来、様々な組み合わせで経済ナショナリズムの理論的基盤を形成してきた。その他のナショナリズムを擁護する事例としては、あまり知られていない『保護貿易と国際貿易の理論』(1929年)や、ルーマニアのミハイ・マノイレスクによる『コーポラティズムの世紀』(1934年)が挙げられる。マノイレスクは1940年に数ヶ月間外相を務め、その間、自国をムッソリーニとヒトラーに追随させ、半球を隔てたブラジルのヴァルガス政権による「エスタド・ノヴォ」にも決定的な影響を与えた。(19)(経済ナショナリズム思想における知的コスモポリタニズムは注目に値する。)
その後、 哲学的な提唱と実践的な国家運営が時により強固に結びつくようになった。ガーナでは、1960年から1966年まで大統領を務めた社会主義者のンクルマが、新植民地主義に対抗する汎アフリカ主義を提唱する著書を執筆した。これは、個々の国家による経済計画によって相当程度推進されるべき大陸規模の運動であった。マレーシアでは、1970年に下院の無役議員だったマハティールが『マレーのジレンマ』を出版し、その中で 「独占的」な華人商工団体が、愛国的なマレー系民族を排除して国民経済を掌握していると非難し、後者を「管理者」および「起業家」として位置づける「建設的保護」を提案した。これは、経済ナショナリズムのより正統的な教義に従い、成熟した国際競争に直面する前の新興産業を保護するために必要な関税に例えられるものであった。このマハティールが後に、四半世紀近くにわたり首相を務めることになるのはいうまでもない。同様に、ズースは『矛盾論』(1937年)の毛沢東を、ある種の先見の明を持つ経済ナショナリスト ——「帝国主義と中華民族との間の矛盾こそが主要な矛盾である」とし、それゆえに「民族ブルジョアジーに対する慎重な政策」を提唱する——の一種と見なしているように思える。また、非現実的な米国大統領候補パット・ブキャナンをもう一つの例として挙げているのだろうか。ブキャナンは2000年の大統領選で4位に終わったかもしれないが、移民に対する彼の非難 (メキシコは「失業者を我々に輸出している」)や、「国家を夢見るグローバル経済へと無理やり進軍させた」というアメリカの「エリート」に対する非難、ましてや「アメリカを再び第一に(Make America First Again)」という呼びかけは、2016年以降のトランプの腐敗したポピュリズムを予見していた。ブキャナンの「金に国旗はない」という不満は、経済ナショナリズムの最も簡潔なスローガンかもしれない。(20)
複雑な動機
この歴史的雑記は、ズースの記述をはじめとする諸説において、経済ナショナリズムという現象の多面的な様相をある程度示唆している。経済ナショナリズムは、ベル・エポック時代のヨーロッパの帝国主義や、第二次世界大戦後にそれらの帝国からの解放を求めて闘った南半球諸国の特徴であったと言える。この定義は、ファシストだけでなく社会主義者にも当てはまる。同様に、経済ナショナリズムは、民族間の調和や地域統合の大義名分としても掲げられてきた。戦後の汎アフリカ主義や、1991年にラテンアメリカで設立されたメルコスール(Mercosur)のような近年の取り組みなどがその例である。一方で、戦争に至るほどの国家間の競争を正当化したり、国境内の民族間の亀裂を絶対化したりする側面も持っていた。マハティール が華人企業よりもマレー人企業を優遇したことは、ナチズムやシオニズムの下で疎外された集団から体系的に財産が奪われたことと比較すれば、取るに足らないものである。同様に、経済ナショナリズムは、比較的豊かで強力な国々のスローガンとなることもあれば、貧しく弱い国々のスローガンとなることもある。この、いわゆる単一の主体によるこのような歪んだ反映は、その概念が有用であるほどの一貫性を備えているのかという疑問を喚起する。
この用語が空虚な決まり文句に過ぎないという疑念は、政治的意図の表明に関して最も正当化される。国民国家の経済政策は、すべて必然的にナショナリスト的なものではないだろうか。選出されたか否かを問わず、自らの政策が国益を促進すると主張しない政治家は、ほとんどいないだろう。この修辞的な義務は、関税を武器とする開発主義や産業ディリジスムだけでなく、自由貿易という軽率な教義にも当てはまる。最も顕著な例は、グラッドストーンの時代の英国や、レーガン、クリントンの時代の米国である。(今日のアルゼンチンのミレイやインドのモディは、 自由化政策とナショナリスト的な言辞を結びつけた最新の例に過ぎない。)1998年のクリントンの言葉は、ネオリベラルなグローバル化として最近の議論では経済ナショナリズムの対極と見なされているが、つい最近までそれ自体、十字軍的なアメリカナショナリズムの一部であったことは明らかだ。 「世界の諸国は、全体主義に対する勝利の果実――自由市場、自由選挙、自由な人々――を味わうべきである。」(21)その果実は世界的な饗宴として並べられるかもしれないが、国家の繁栄と冷戦後の誇りの両面において、最も多くを享受するのはアメリカ人であるはずだった。
その結果、「経済ナショナリズム」という語は、たとえ目指す目的が同一であっても、特定の戦略を指し、他の戦略を指さない場合にのみ、真の意味――とはいえ依然としてやや捉えどころのないものではあるが――を持つことになる。ズースは「ナショナリストのジレンマ」を、経済的孤立か経済的拡大かの選択として要約している。この枠組みにおいて、孤立は通常、急速な成長を犠牲にしてでも、国民の所得を維持し、国内の不平等を最小限に抑えるために、既存の資産を外国資本から保護することを目的とする。一方、拡大は通常、より速い成長を期待して新興産業を保護または助成するものであり、 たとえ国内の不平等が拡大するリスクを冒すことになっても。前者のアプローチに特徴的な政策は、国内の農場や工房を国際競争から守る関税であり、後者では、外国企業と競合できる「ナショナル・チャンピオン」を育成する産業政策である。しかし、ズースがこの二つの選択肢を提示するやいなや、その枠組みはすでに揺らぎ始める。序文において、彼は「あらゆる孤立主義的試み」も「経済的拡大を求めるあらゆる提案」も、必ずしもナショナリズムに基づく必要はないと認めている。なぜなら、そうしたアプローチは「個人の福祉」という根拠に基づいて正当化される可能性もあるからである。公言された動機という基準は、前述の理由から成り立たない。国の政治家は、孤立した個人の福祉ではなく、国民全体、あるいは少なくとも、少数派の侵入者に対抗して「真の国家」を体現すると見なされる国民の大部分の福祉を重んじていると主張しなければならないからだ。そして最終章で、ズースは自身の全体的な枠組みを弱体化させるもう一つの譲歩を行っている。彼曰く、「多くの場合は、拡張主義的動機と孤立主義的動機が同時に混在する可能性が高い」。(22)
経済ナショナリズムの区別すべき特徴は、別のところにあるに違いない――そしてズースは、「本書において、戦後直後の数十年における欧州や米国への言及が乏しい」理由を、やや気取らない調子で説明する際、より適切な類型学的基準を漠然と模索している。これほど多くの経済体制が彼にとって「ナショナリスト的」とみなされるのであれば、なぜ戦後の欧州や米国のそれらはそうではないのか?「世界的に、また国内においても、認識される経済的不平等が最小限である状況、あるいはこうした不平等が顕著な政治的対立と対応していない状況では、経済に対するナショナリスト的アプローチはそれほど強力ではないかもしれない。」(23)。この曖昧な一節は、いくつかの特徴を想起させる 。第一に、ヨーロッパや北米の左右を問わず与党は、各国経済の統合の進展――欧州石炭鉄鋼共同体、共通市場、ドイツや日本の輸出に対する米国の初期の開放姿勢――を、国境を越えて、また国内においても、先進資本主義の共通の繁栄への道筋として受け入れていた。一方、この期間におけるこれらの経済が福祉国家的な規範へと収斂していった事実は、明らかに「ナショナリズム」という非難を免れている 。それが、いかなる社会保障体制にも伴う労働市場への国家介入にもかかわらずである。その単純な理由は、そうした政策が、国際的なコンセンサスからの特異な逸脱としてではなく、労働階級の支持をめぐる反共主義的な競争によって正当化され、多かれ少なかれ並行して追求されていたからである。
最後に、ズースは、国家の内外における経済的不平等は、もし彼らが 経済ナショナリズムの誘惑に抵抗したいのならば最小限でなければならないと提言している。だが戦後の調和の時代は、極めて深刻な不平等の状況下で幕を開けた。当時、米国の経済規模は、西ヨーロッパの貿易相手国をすべて合わせたものの2倍にも達していた。また、戦禍に荒廃したヨーロッパ諸国の回復ペースも、決して同じではなかった。西ドイツの「経済的奇跡(Wirtschaftswunder)」による成長率は、イタリアやフランスよりも数パーセント高く、英国の2倍以上であった。戦後の経済協力は 、共有された繁栄に由来したものではなく、むしろその結果としてそのような状態をもたらすことを約束するものであった。
とはいえ、経済ナショナリズムとネオリベラルなグローバル化を対立させる近年の議論の多くに内在する、「国家は国内経済に対する支配権を主張するか、さもなければ自由市場に身を委ねるかのどちらかである」という安易な考えに異議を唱えるためには、ズースの曖昧な表現の中から概念的な鉱石を掘り起こす価値はある。ズースが想起させる戦後の数十年間は、決して自由放任を支持して国家介入が拒絶された時代ではなかった。また、1970年代の危機から2008年の危機に至るその後の時期においても、ネオリベラリズムの教義にもかかわらず、国家が実際に撤退したわけではなかった。確かに、この期間中、GDPに占める政府支出の割合は全体として増加を止めたが、縮小したわけでもなかった。国家は、その活動を縮小するのではなく、方向転換したのである。ネイサン・スパーバーが指摘するように、実践におけるネオリベラリズムは「国家の弱体化や後退を目指すというよりは、市場秩序の有効な守護者としての国家の再定義」を目指していた。「経済生活の規制緩和というよりは、『再規制』」であった。(24)EUでは、これは国家歳入の調達において、所得税ではなく逆進的な付加価値税への依存度を高めるという形をとった。一方、米国では、政治家たちは、家賃を支払うしかなく貧困に苦しむ労働者への直接給付よりも、中産階級の住宅所有者に対する税額控除を選好した。
権力の座にあるネオリベラリズムは、巷間言われるように経済政策の決定権を国民国家自体から国際機関(例:WTO) あるいは、世界貿易における国家の介入を制限しようとする多国間協定(例えばNAFTAや欧州経済領域)へと移行させた。独立した国家政策の代わりに自由化的な貿易協定を代用しようとする試みの最後のあがきとして、2010年代初頭に世界最大の海を挟んだ12カ国によって策定された環太平洋パートナーシップ協定(TPP)があったが、トランプとクリントンの両者は2016年の大統領選挙キャンペーン中にこれに反対し、 トランプは就任後1ヶ月で米国を協定から脱退させた。しかし実際には、主要国の中でも最もネオリベラルな米国や英国でさえ、(防衛費を口実とした)産業政策、資源ナショナリズム(例:北海の石油生産者に対する異例の課税)、あるいは農業保護主義 (例:トウモロコシ生産者への米国の補助金、あるいはタバコ農家の保護)から決して免れてはいなかった。これらの措置のいずれも、自由市場の正当な支配であるとするグローバル・ネオリベラリズムの自己陶酔的な自己描写とは一致していなかった。
同時に、経済ナショナリズムについても、共産党支配国家の歴史における例外的な事例はさておき、国際貿易からの完全な離脱や経済の完全な国家統制を意味することはめったになかった。私たちが知る世界の圧倒的多数は混合経済の場であり、そこでは至る所で国家が、市場を放棄するところまでは至らずとも、多かれ少なかれ重要な程度で市場を制約したり排除したりしている。ネオリベラルなグローバル化は、経済政策における国家の役割に制限を課すと同時に、国際貿易のルールへの――常に不完全ではあるが ——国際貿易のルールへの服従をもたらした。一方、今日のいわゆる「経済ナショナリズム」は、経済主権の相対的な再主張を告げているが、それは、自国利益を優先する政策に対する貿易相手国の許容範囲に制約され、また厳格な資本規制がない限り、とりわけ国際投資家の国債への需要によって制約されている。
だが、現代の国家がリバタリアン的な自己犠牲も、自給自足的な自立も目指せないからといって、近年のグローバル化からナショナリズムへの広範な転換が現実的かつ重要なものではないということには到底ならない。ネオリベラリズムが国民所得の確保における国家の責任を気まずく感じ、しばしば「国家の手は縛られている」という理由でその政策を正当化していたのに対し、新しいナショナリズムは国家の役割を宣伝し、さらには誇示さえしている。ネオリベラルなグローバル化が、共有された国際ルールが国際的な共通の繁栄を促進することを当然のこととしていたのに対し、復活した経済ナショナリズムは、ある国や地域の利益がしばしば別の国や地域の犠牲の上に成り立つと想定している。グローバル化には常に、それがユートピア的な事業であるという利点があった。そこでは、実際には国家 の「顧客」の構成を単に入れ替えるに過ぎない政策でさえ、自由放任という普遍的な楽園への漸近的な接近という観点から正当化され得た。そこでは、国家は警察権以外のあらゆる権限から撤退し、その結果としてすべての人々に終わりのない成長がもたらされるはずだった。今日の経済ナショナリズムは、より暗く、より分断されたビジョンを前提としている。そこでは、競合する国家たちの利己的な政策とそれぞれの運命が今後露骨に乖離し、ある国民の繁栄 ――あるいは単に一定の生活水準の維持に留まるにせよ――が、他国の経済がせいぜい独自の道を歩む中で、もはや他国の福祉の増進を意味しなくなった。最悪の場合、他国は支配あるいは破壊すべきライバルとなる。要するに、経済ナショナリズムという新たなレトリックは、世界経済について協力的というよりは対立的なイメージを提示している。そして国家は、決して放棄したことのない自らの役割を、今や軽視するのではなく、むしろ強調するようになった。
左派の視点
こうした現象は、トランプの2期目の就任式以前から、左派の一連の執筆者たちによって、綿密かつ独創的な注目を浴びていた。シカゴを拠点とする作家ジェイミー・マーチャントによる『エンドゲーム:経済ナショナリズムと世界の衰退』(未邦訳)は2024年8月に刊行され、ロンドンを拠点とする政治評論家リチャード・シーモアによる『災害ナショナリズム:リベラル文明の没落』(未邦訳)は同年10月に刊行された。そしてケルンのマックス・プランク研究所名誉所長であるドイツの社会学者ヴォルフガング・シュトレークによる『支配権を取り戻すか?:グローバリズム後の国家と国家システム』の改訂英訳版は2024年11月に刊行された。また、ここではブランコ・ミラノヴィッチの『グローバル・トランスフォーメーション』(未邦訳)についても考察する。この著作は、そのタイトルが示唆するように、ネオリベラルなグローバル化に取って代わって経済ナショナリズムが台頭した世界という同じ展望について、マルクスよりもポラニーに近い見解を示している。(25)。
マーチャントの『エンドゲーム』は、序文で述べられているように、「世界史の一時代の終焉」を扱っており、そこでは「第二次世界大戦の終結から2010年代半ば頃にかけて、世界経済は統合の深化によって特徴づけられていた」。この調和は、商業という「高音部」において――ほとんどの国が相互に、より多く、より自由に貿易を行うようになったこと――と、生産という「低音部」において――所有構造がコスモポリタン的であり、生産拠点に国境のない多国籍企業が、実物生産量に占める割合を拡大していったこと――の両方で生じた。『エンドゲーム』は、時代の変遷を告げる黒い前兆を、終末論的な響きを伴って描き出している。すなわち、 「数え切れないほどの忘れ去られた論考によって『グローバリゼーション』の時代と名付けられた」この時代は、「戦争と疫病という二つの災厄に襲われ」——言い換えれば、かつてグローバルだったサプライチェーンの再国内化を促した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックと、エネルギー生産の国内化、すなわち「フレンズショアリング」を刺激したウクライナ戦争——によって、その幕を閉じようとしている。国家経済の統合が進む代わりに、今や 「世界的な解体のプロセス」が現れている。(26)
マーチャントは当然ながら、自身の論題が持つ鮮烈な現代性を鋭く捉えており、21世紀の経済ナショナリズムを、とりわけ「ロボット工学、人工知能、先端医薬品、5G」などによって切り開かれた新たな商品フロンティアをめぐる争いとして見ている。これは、彼が引用している、当時の米国上院議員マルコ・ルビオが委託した報告書『21世紀における米国の投資』の言葉によるものである。とはいえ、手元にある書籍の中で、『エンドゲーム』は、21世紀の経済ナショナリズムというデジタル化された新たな現象を、古風あるいは古典的なマルクス主義に最も近い精神で扱っている。マーチャントにとって、経済ナショナリズムの魅力が広まっているのは、「超国家的な世界経済全体の成長率が長期的に鈍化している」ためである。世界経済が減速するにつれ、それは「より実存的なゼロサムの構図へと変質していく。なぜなら、ある者たちの成長は、他の者たちの犠牲の上にしか成り立たないからである」。(27)ブレナーの用語法を採用すれば、 マーチャントは、1970年代以降の時期を、製造業における国際的な過剰生産能力を特徴とする長期の景気後退期として描写し、さらにこれに、ブレナーが否定するマルクス主義の「利潤率傾向的低下の法則」を加えている。
この見解によれば、自由貿易を掲げたグローバリゼーションの全盛期は、私的蓄積の追求に常に伴う危機的傾向を余すところなく表出させたものであり、それは「20世紀半ばの管理資本主義の黄金時代」の間は抑制されていたのである。1980年代以降、「グローバリゼーション2.0」は、世界通貨である米ドルによって象徴され、促進される、真の労働世界市場の創出に近づいた。この展開は、地球規模で資本の根本的な傾向を解き放った:
世界レベルでは、特定の機械化技術が普及し、世界中の資本家が採用せざるを得ない一般的な規範となるにつれ、搾取された労働者による生産の割合が民間企業の総支出に対して相対的に減少するにつれて、無給の労働時間という剰余価値の源泉は枯渇していく。(28)
『エンドゲーム』はもちろん、『資本論』第3巻における有名な議論を再構成しているものであり、 1929年にヘンリク・グロスマンによってより詳細に展開されたものであり、生きた労働が機械に置き換えられるにつれて利潤率が低下するという究極的な傾向、いわゆる資本の有機的構成の向上を明らかにしている。その結果生じるのは「恒常的な過剰生産状態」であり、機械化の波は、恒久的に低い収益性という平坦な波濤へと収束していく。マーチャントは、この長年にわたる過程を最近の金融化と結びつけている。民間資本が生産的投資から撤退するにつれ、金融の幻影をますます追い求めるようになるのだ。これはひいては、危機管理のための指導型経済(ディリジスム)を通じて経済ナショナリズムを助長する。そこでは、金融市場を支えようとする中央銀行の必死の努力が日常化し、一方で「民間資本主義の麻痺を補うために各国政府はますます極端な措置を講じざるを得なくなり」、その結果「国家機関と民間金融市場との融合がますます強固なもの」となる。(29)
それでもなお、 国家が国民経済の福祉に対する責任を修辞的に引き受け、実質的に支配を主張したとしても、繁栄の回復には成功しない。マーチャントは断固としてこう述べる。「国家の政策では、システムの崩壊の根源である国境を越えた要因に対処することはできない。」(30) 総じて言えば、ナショナリズム的な政策は成長を抑制するだけに留まり、その結果、緩和しようとしている世界的な景気減速をさらに悪化させることになる。『エンドゲーム』全体を通じて、マーチャントの論証スタイルは自明的なものであり、ここでは、例えば資本規制を通じて国内生産のための国内市場を活性化させるなどして、いかなる国家政府も世界的な危機を食い止めることはできないと、実証するのではなく断言している。言い換えれば、もし国内資本が国際的な利潤率を追求するあまり生産的投資を渋るなら、その「パスポート」を取り上げるべきではないのか?どの国のレントシーカーたちも資本の国際的な移動の自由に慣れきっている現状において、輸入代替型開発主義の復活は確かに困難な課題となるだろう。しかし、世界経済の停滞に直面する他の政府の運命と比較すれば、少なくともある程度の成功を収めることができない理由はない。すでに中国が導入した資本規制は、たとえ抜け穴があっても、その可能性を示唆している。『エンドゲーム』が描く「高まる社会的混乱 」というビジョンにおける「終末社会」の結末像は、そのような改革的な可能性の余地を一切許さない。マーチャントは、グローバル化が停滞していた過去10年間――2010年代の「足踏み状態」――において『エンドノーツ』に特徴的だった革命的宿命論を、ナショナリズム的な便宜主義が台頭する新たな時代に合わせて更新した。そして、たとえ彼がプロレタリア革命の可能性を認めたとしても、すでに多少形式主義的であった彼の議論は、ここで真に抽象的なものとなる。期待される革命階級の出現は、証拠からも垣間見えず、理論からも導き出されないからである。(31)
叙事詩的な歴史
マーチャントと同様、ミラノヴィッチも『グローバル・トランスフォーメーション』において、現在の状況を「グローバリゼーションの逆転」と、それに伴う経済ナショナリズムへの逸脱と見なしている。トランプ、習近平、プーチンは、「世界中に広がっているパターン」を体現している 。「ナショナリズムは、政策を『より強硬』に見せる手段として、国内政治や物語に織り込まれている」。(32)おそらく、ある国の繁栄が他国の繁栄を脅かすのではなく、むしろ強化するという世界を想定していたグローバル化には、そのような『強硬さ』は必要なかったのであろう。だがミラノヴィッチは、この国家への回帰を、資本の有機的構成の向上よりも、より最近のものであり、かつより確固たる実証的特徴を帯びた動向の中に位置づけている。その第一の要因は、ある意味で他の要因を包含するものであり、それは「過去50年、あるいは100年で最も重要な経済的事実」である中国の台頭である。ミラノヴィッチは次のように明言している。「グローバル・ネオリベラリズムによって可能となった中国の台頭は、グローバル・ネオリベラリズムの終焉を不可避なものにした」。(33)
産業革命がはるか昔に、ヨーロッパや北米といった「西側」と――主にアジアからなる――その他の地域との間の漸進的な格差を招いたとしても、その傾向が真に逆転したのは今世紀に入ってからのことである。ミラノヴィッチが各国の「相対所得のピーク」と定義するもの――世界平均に対する一人当たり所得の割合が最大となる時点――は、米国とカナダでは早くも1952年に到来したが、 一方、ドイツと日本ではそれからさらに40年を要した。フランスがピークに達したのは2001年、英国は2003年であった。その後、西側諸国は中国の猛烈な勢いに押されて相対的に衰退し、2015年までに、少なくとも購買力平価(PPP)ベースでは、中国の総GDPが米国をわずかに上回った。(34)
こうした数字は、国民所得の格差縮小が、国境内の所得分布における一定の収斂も同時にもたらしていなければ、政治的にはほとんど意味を持たなかったかもしれない。要するに、アジアの中産階級ははるかに豊かになり、その数も増えた一方で、西側諸国の低所得層の賃金は絶対値で停滞し、相対値では低下したため、 その結果、90年代以降、欧州や北米の所得分布の下位に位置する人々は、世界的な比較においてますます低い分位を占めるようになった。もちろん、北半球と南半球の一人当たり所得の真の均等化は依然として見通せないが、その傾向は明らかである。ミラノヴィッチの推計によれば、今世紀末までに、中国の富裕層の数は米国の富裕層の数に匹敵する可能性がある。大陸をまたぐ「経済力の大変革」は、当然ながら、多くの低所得の西洋人の人種的あるいは文明的な自尊心を揺るがし、彼らの消費習慣を抑制することにもなる。ミラノヴィッチは、「かつてはドイツの金属労働者もドイツのエンジニアも、タイでの休暇(グローバル・グッド)を享受できたが、将来的には後者だけがそれを可能にするかもしれない」と指摘している。(35)
マーチャントよりも幅広い参照枠組みを用いて論じるミラノヴィッチは、経済関係と戦争の関連性に関する政治哲学内の古典的な議論という観点から、米中対立を位置づけている。1978年から2008年頃にかけて、双方の経済的・地政学的利益は、モンテスキュー、スミス、リカードが予測したであろうdouces mœurs(穏やかな風潮)と両国間の平和的収斂をもたらした。金融危機の余波は、ホブソン、レーニン、ルクセンブルク、シュンペーターの世界へと逆戻りさせた。そこでは、工業地帯における深刻な国内格差によって生み出された余剰資本が、より高い収益を求めて海外へ送り出され、母国は、ライバル諸国の主張に対抗して、原材料の確保、植民地市場の支配、そして安価な労働力の搾取を守るために軍事力を動員する。この時点で、 シュンペーターが述べたように、「苛烈で多大な犠牲を伴う闘争が始まる」のである。そこでは、「誰が特定の鉄道を建設し、誰が鉱山や植民地を所有するかは、もはや無関係なことではない」のである。(36)
アジアの台頭と西側の危機は、原因と結果として密接に結びついている。アメリカ中流階級の低成長と実質賃金の停滞は、「中国からの輸入および中国へのアウトソーシング」に「相当程度起因」しており、これらが米国の製造業の雇用と労働者の交渉力を損なったのである。(37)ミラノヴィッチによれば、経済的不振と、2010年代半ばに扇動的なトランプによって「リベラルなエリート」に対する抗議運動として動員されたアメリカの「中産階級」の不満こそが、トランプの台頭の原動力であった。ここで、自由民主主義の政治は岐路に立たされた。(38)
西側の中産階級に対する「中国の挑戦」に対しては、二つの対応策が考えられた。一つは、グローバル化のルールを変更し、それがもはや西側の中産階級を空洞化させないようにすること。もう一つは、国内の富裕層への課税を強化し、上位層から中産階級へと所得を再分配することで、中産階級の所得状況を改善することである。後者は、反中国的な姿勢に代わるものとなり得た。しかし、その政策には富裕層の間で多くの反対者がいた……。(39)
トランプの経済ナショナリズムは、主に前者の道、すなわちアメリカ中流層の経済的苦境を中国のせいにするという道を選んだことに帰着する。しかしトランプは、ミラノヴィッチが指摘したジレンマのもう一つの側面、すなわち、苦境に陥っている中低所得層(政治的な意味での 「階級」と見なすには、自己認識や組織化が不十分である)と、中国の台頭という時代において富をさらに増大させた富裕層との間の亀裂である。地政学的な台頭という時代において、その富をますます増大させている富裕層との間の断絶である。ミラノヴィッチは、西側の富裕層が持つ特異な豊かさを、ホモプルティア(「高い労働所得(給与)」と「高い資本所得(株や不動産などの利益)」の両方を同一の個人が手に入れている現象:訳者)の歴史的に前例のない事例(「おそらく、マルクスを驚かせるような現代資本主義における唯一の発展」と評される)として分析している。これは、富裕層が専門職としての地位から高い労働所得を得ると同時に、ポートフォリオから高い資本所得も得ている状態を指す。これらの「実力主義的」エリートたちの仕事は国際的な競争にさらされていないため、これらのピケティがいうところのスーパー・マネージャーたちは、同胞たちほど東方(の台頭:訳者)を不安視していない。一方、この「グローバル化したエリート」の自己完結的な繁栄は、恵まれない有権者の反感を買っており、トランプや同類の右派ポピュリストたちは、こうしたエリートが体現する不平等を再分配を通じて是正するのではなく、彼らが象徴するコスモポリタニズムを非難することで、偽善的に有権者を搾取している。
ミラノヴィッチは、本書の最後から2番目の章で、ネオリベラルなグローバル化に代わる最も可能性の高い「後継秩序」として、彼が「国家市場自由主義」 と呼ぶものを挙げている。この政治体制は、「トランプが去った後も長く存続する可能性が高い」ものであり、市場取引の現在の範囲を実質的に維持するため、依然として自由主義の一形態であり続けるだろう。また、資本所得や相続に対する軽微な課税といった点では新自由主義と連続性を持つ ――しかし、グローバル化を称賛するのではなく関税を多用し、経済を政治から切り離すふりをするのではなく「政治的動機に基づく制裁や国家主導の産業政策」を擁護し、大量移民を拒否して「壁や柵」を支持し、普遍的な人間の価値基準ではなく排外主義的な基準を推進することになるだろう。外交政策の面においても、このような政治は単極体制(米国の支配)や普遍主義(地球規模の規範としての自由主義的資本主義)を拒否するだろう。(40)実際、ミラノヴィッチはそうは述べていないが、トランプ政権はすでに、他に類を見ない米国の優越性を誇示することで、衰えつつある米国の影響力を隠蔽している。
こうした経済ナショナリズムが蔓延するというシナリオはもっともらしいが、それは、ミラノヴィッチが「再分配には 「富裕層の間には多くの反対者がいる」と淡々と指摘した際にほのめかしている根本的な問題を無視している。プラトクラシーの程度は国家ごとに異なるが、度を越したホモプルティアは、多くの地域、とりわけ米国において、富裕層の間で政治権力を著しく集中させており、その結果、ナショナリスト的な体制下でも新自由主義的な体制下と同様に、所得の下方への再分配が行われる可能性はほとんどない。この状況は、ミラノヴィッチが、キャピタルゲインや遺産に対する低税率の方が、世界貿易の構造そのものよりも、現代の政治生活においてより定着した特徴である」と示唆した際にほのめかしている状況である。経済ナショナリズムの魅力は、主に中低所得層への救済への期待に由来しているが、社会経済的階級について真剣に言及することなく国民国家が議論される限り、そのような救済はありそうもない。政治的右派の多くは、実質的に、ナショナリズムが提供する象徴的な「おごり」のおかげで、急激な所得格差は新自由主義下よりもナショナリズム下の方が許容されやすいと賭けてきた。いずれにせよ、不平等は当然のことと見なされている。再分配の行き詰まりは、今後数年間、経済ナショナリストたちが権力を掌握することには成功しても、それを維持することには苦戦するかもしれないことを示唆している。新自由主義的グローバル化と(右派の)経済ナショナリズムの双方に見捨てられた有権者たちは、その時どうするのだろうか?
『グローバル・トランスフォーメーション』は、現代世界の統計的描写および政治的解剖として印象的な作品ではあるが、その結論は弱い心理主義的な調子を帯びている: 「ナショナリズムはどこから来るのか? 貪欲から」――あるいはプレオノキシア、つまりアリストテレスが「他者を犠牲にして、自分にふさわしい分以上のものを手に入れようとする飽くなき欲望」と定義したものである。ナショナリズムは、他国の住民が「最終的には我々よりも多くのものを手に入れるかもしれない」という可能性に恐怖を抱き、国民国家を「そのような結果を阻止するための」装置と見なすのである。(41)その場合、貪欲よりも嫉妬の方がより根深い罪であるように思われる点はさておき、政治的動機に対するこのような単純な説明では不十分である 通用しない。貪欲や嫉妬は、人類にとってあまりにも根強い特性であり、一時的な歴史的苦境を説明するには不十分である。ましてや、今日においてさえ、どの国の平均的な住民であれ、地球の反対側に住む他者が享受している物資について、自らの幸福を主にこの比較に基づいて評価できるほど鮮明なイメージを確実に持っていないことは言うまでもない。また、中国に対する米国の「路線転換(ピボット)」が下からの動きによって推進されたという説も、完全に説得力があるとは言えない。むしろ、2008~09年のウォール街に対する民衆の怒りは、 2008~09年のウォール街に対する民衆の怒りが、「上層部」によって、雇用を奪っているとされる中国に向けられたのだ。『グローバル・トランスフォーメーション』の強みは別のところにある。すなわち、世界史的な規模で経済的不平等と地政学的対立を結びつけている点だ。
極右の病弊
リチャード・シーモアの 『災害ナショナリズム』――経済的な枠組みではなく、意図的に精神分析的な枠組みを採用した本書――は、21世紀のナショナリズムという心理的現象について、より繊細かつ説得力のある解説を提供している。シーモアが経済的要因を無視しているわけではない。序文で彼は、2021年1月6日にトランプを支持して米国議会議事堂に乱入した者たちが、「社会的に下降傾向にあるビジネス階級や専門職階級から不釣り合いなほど多く集まっていた」 と記している。ブラジルや英国の右派におけるイデオロギー上の同志たちと同様、「彼らは好景気の時代に成功を収めたものの、やがて借金に追いやられ、さらには破産にまで追い込まれてしまった」のである。(42)シーモアが提唱する「災害ナショナリズム」とは、ある気質や気分——イデオロギーほど体系化されたものではない——であり、そこでは、生態系を破壊し、不平等を助長し、失速しつつある資本主義がもたらす現実的かつ差し迫った災害が、最も怒りに燃える人々の認識から逃れ、代わりに文化的・人種的な脅威という「認識上の災害」が優先される。確かに、 この世界観はしばしば経済的ナショナリズムを伴うが、政治的傾向としてそれは単なる経済政策をはるかに超えており、その説明において経済的決定要因はすぐに尽きてしまうのと同様である:。「それは経済の問題じゃない、バカ者よ」。シーモアは第1章で、南北アメリカ、ヨーロッパ、アジアの12カ国における右派有権者たちが、「特に貧しい状態や権利を剥奪された状態にあることを頑なに拒んできた」と指摘している。さらに重要なことに、彼らは自身の経済的幸福に対してほとんど関心を示していない。」(43)
したがって『災害ナショナリズム』は、「パラノイア」、「幻想」、「恐怖」、「社会的伝染」といった、まったく異なる語彙を用いている。本書は、かつてマルクス主義がその任務に見合った国際労働者運動の出現に必然的に伴い、かつそれを促すものとして提唱した、明晰な階級意識の欠如から生じる精神的な逸脱に関する考察と形容できるだろう。シーモアが描く災害ナショナリストたちは、労働者階級や所有者階級のように自己整合性のある集団には属しておらず、 ましてや国民全体といった、それ自体が一貫性を持つ集団には属していない。本書の興味深さや頻繁に感じられる恐怖の多くは、むしろ、これらのナショナリストが同一視する「国家」が、国勢調査で定義される当該の国民と、階級、性別、人種、イデオロギーのいずれの観点においても、ほとんど一致していないという事実に起因している。シーモアの記述によれば、彼らは経済的不安や生態学的危機に対して、それらの状況にふさわしい概念を持たずに反応している。その代わりに、彼らは「リベラルな文明」のより些細な規則 」――「正しいジェンダー代名詞の使用など」――の制定者や、一見した受益者たちに対して反旗を翻す。その結果生じる傷は、階級的なものではなく、地位に関するものである。要約を拒む本書の中で、シーモアは次のように記すことで、要約に近い表現に近づいている:
「今日の「災害ナショナリズム」は、最も貧しい人々を含む多様な階級や社会集団の不安、屈辱、苦難を、多元主義的かつ民主的な規範を持つ「リベラルな文明」に対する反乱へと結びつけている。それは、復讐という慰め、国家への自愛という約束、そして適切な暴力を通じて社会をより原初的で 調和のとれた階層的な国家へと回復させるという「治療法」を提示する。」(44)
かくして屈辱が優越性であると誤解されてしまうのだ。
シーモアは、この精神状態を、環境に関する陰謀論の度重なる噴出、女性のパートナー選択をめぐる人種差別的かつポルノにまみれた不安、「一匹狼」的暴力とポグロム的暴力の両方の痙攣、そして独裁やジェノサイドに向けた動きといった形で追跡している。この多面的な排外主義の経済的側面については、いくら不満を口にしても、新しい国家主義的右派には「グローバル化に代わる首尾一貫した代替案」が欠けている。フランスやハンガリーでは、極右政党がより強固な社会的セーフティネットを約束する一方で、大企業にすり寄り、貧困層、反体制派、移民を罰すると脅している。モディ率いるインド、ボルソナロ率いるブラジル、ミレイ率いるアルゼンチンでは、ネオリベラリズムそのものが、社会の「勝者」と「敗者」をふるい分ける手段として称賛されてきた。しかし、そのような教義が右派全体で一貫しているとは言い難い。同じ社会ダーウィニズム的な強調が、反新自由主義的な政策に伴うこともある。例えば、民族主義者が外国人労働者や移民労働者に対して「自国民」を守るための保護主義的措置を提唱したり、国家を代表する企業を支援するための州レベルの産業政策を推進したりする場合がそれにあたる。では、極右ナショナリズムの修辞的な好戦性は、依然として市場と自由主義に視野を狭められている戦略の臆病さと混乱を隠しているのだろうか。経済的に言えば、災害ナショナリズムはせいぜい、本来なら熱心に擁護している熾烈な競争を「国家優先」の観点から修正したり、現金給付によって特定の有権者に対するその影響を緩和したりするに過ぎない。また、古典的ファシズムのように国家を偶像化することもない。国家の抑圧的権力を用いて 国家の敵を追い詰めるために国家の抑圧的機関を積極的に活用する一方で、国家による福祉政策や医療介入に対しては、偏執的とまではいかなくとも、概して敵対的である。(45)
シーモアは、災害ナショナリズムが「まだファシズムではない」ことを強調している。それは、一貫性を確立するには、自らが拒絶する新自由主義に過度に依存しすぎている、困惑と苦々しさに満ちた態度を表している。何よりも印象的なのは、シーモアが指摘するネット上の右派たちの孤独と絶望である。彼らにとって「国家」とは、自分たちが全く経験したことのない有機的な共同体を指す言葉のように思われる。彼らが活躍するソーシャルメディア・プラットフォームの用語で言えば、 彼らは「トロール」である――リベラル資本主義に対して皮肉たっぷりの攻撃性は示せるものの、説得力のある反対意見は提示できない。このような知的混乱は、大衆への帰属感をむなしく模索する、誰にも伝えられない孤独という印象をさらに強めるだけである。
この多面的な描写の問題点は、単に政治に関するあらゆる精神分析的解釈が抱える問題そのものである。それらは政治思想の基調を変化させ、その結果、左派の論者たちはもはや市民の集団に対して説得力を持って語りかけるのではなく、彼らについてもっともらしい形で語るようになってしまう。そこには、特に他者の心に関する精神分析的推測に内在する、確実性よりも妥当性が悲劇的に優先される傾向がある。現代政治、とりわけ右派における非合理性は、 は、そのようなアプローチを強いるかもしれない。しかし、その同じアプローチこそが、2020年代の公共圏が、無意識の幻想がうごめく場所であることを痛ましくも裏付けている。真に権力を志向する左派の政治とは、より実証的な主張と、議論の対象となりやすい論拠に基づくものであるはずだ。しかし、『災害ナショナリズム』は、今日の極右がなぜこれほど凡庸な経済ナショナリストであるのかという、その主観的な根拠を明らかにする助けにはなる。彼らは保護関税を支持するかもしれないが、リストが提唱するような、想像上の国民共同体に対する、拡張的で包摂的かつ公然と民主的な理解を欠いており、他国が保護主義的措置で報復すると、利己的に憤慨する。
再民主化?
最近の「国家回帰」を利潤率の低下を通じて説明するマーチャントの解釈も、ネオ帝国主義と不平等の弁証法による説明も、シーモアによる精神病理学的な説明も、政治的戦略という点ではあまり示唆を与えていない。ヴォルフガング・シュトレークの『支配を取り戻せるか』の特筆すべき点は、新たなナショナリズムを認め、かつ強化しつつ、それを左派の目的に沿うように導こうとする試みにある。他の著者たちと同様、シュトレークも現在を「ネオリベラルなグローバリゼーションが崩壊しつつある歴史的瞬間」と位置づけ、その特権が国民国家へと回帰する可能性を指摘している。しかし彼は、「『歴史の終わり』と見なされた後の30年間にわたるグローバリスト・ネオリベラルな資本主義の経済的欠陥と同様に、民主的欠陥にも等しく焦点を当てることで、新自由主義の危機に関する従来の解釈とは一線を画している。(46)シュトリークの ここでの分析は、2014年の著書『時間かせぎの資本主義』(鈴木直訳、みすず書房、2016年)で彼が詳述した時代区分に基づいている。(47)この叙述によれば、戦後の国民国家は、大恐慌の記憶とそれに伴うファシズムへの傾倒という教訓を胸に、「資本主義市場の圧力から社会を守るという使命」を掲げていた。その主な手段は、労働者を保護する福祉施策と、投資を国境内に封じ込める資本規制であった。(48)
だが資本主義と民主主義のこの「歴史的な便宜上の結合」は、新自由主義の時代に崩壊した。この時代、選出された政府は、資本主義的スタグフレーションの危機を解決しようと、国家経済を国境を越えた資本に開放しようとしたのである。その過程で、「民主主義政治は、市場の機会や結果に対する裁量的介入を自ら禁じることで、政治経済から切り離されてしまった 」。市場の結果に対する平等主義的な是正から国家が手を引いたことで、労働者階級は、歴史的な左派政党によるものでさえ、あるいは特にそれによってでさえ、有意義な政治的代表権を奪われ、中道左派政権には、資本主義社会における個人の出世に適した「ポスト物質主義」的な中産階級の社会的価値観、すなわち「物質的に衰弱した 「アイデンティティ・ポリティクス」を推進する任務を課すことになった。(49)
与党レベルにおいて、民主主義勢力は本質的に、陣営を変えることでネオリベラリズムに対応した。中道左派の多くは、 「中産階級と労働者階級の選挙連合を形成することで追求されるべき階級のない社会という社会主義的理想を放棄し」、その代わりに、EUのような国際機関によって具現化された、国境がなく、したがって「権威ある規制能力を持たない」という「国家のない社会」というネオリベラリズムの規範を選択した。「民主主義」という言葉は、もはや国民経済の支配をめぐる階級に基づく政党間の制度化された闘争を指すものではなくなった。新自由主義エリートたちの語彙において、それは今や、経済政策や社会的価値観を大衆の争いの場よりも上位かつ超越した位置に置き、選出されていない法律専門家によって憲法に盛り込まれたり、「グッド・ガバナンス」を掲げる顔の見えないテクノクラートたちによって規制として発出されたりする、啓蒙的なコンセンサスを指すものとなった。(50)リベラルな中道左派による、名目上のみ残された民主主義の放棄は、その後、愛国主義的な右派による国民民主主義的主張の復活への道を切り開き、ポピュリストの扇動者たちによって、「ハイパー・グローバリゼーションの犠牲者」に対し「支配権を取り戻せ」という呼びかけがまもなく発せられることとなった。また、これらの有権者が必ずしも厳密な経済的意味での「敗者」であったわけでもない――この点において、シュトレークはシーモアの見解に同意するだろう。「リベラルなエリート層による普遍的価値の独善的な主張」への反発として経験される「侮辱感」は、「右派の『ポピュリスト』 反動運動が、衰退しつつある労働者階級だけでなく、小ブルジョアジーをも惹きつける理由の一つ」となっている。小ブルジョアジーは経済的には比較的恵まれた立場にあるものの、「平等な能力と尊厳に対する自らの主張」が否定されることに憤りを感じているのだ。(51) シュトレークのやや抽象的な社会学的表現は、それにもかかわらず、オルバーン、トランプ、ル・ペン、ファラージといった、怨念に満ちた生身の人物像を鮮やかに描き出している。
『支配を取り戻せるか』の目的――同名のスローガンの再解釈、あるいは少なくとも再検討を含む――は、右派から国民民主主義の旗印を奪い返し、「資本主義と社会の間の容認可能な新たな妥協点」を求める改革派左派に代わって、国民国家を「資本主義下における民主政治の主要な舞台」として刷新することにある 。ポラニーの洞察を尊重しつつ、この政治は、社会が市場に従属しているように見えたグローバル化された新自由主義の時代を経て、市場を社会のニーズに従属させることを目指す。この目的のために、 シュトレークは、国民国家に対する「道徳的な悪魔化」や「統治する技術的能力への軽視」に対し、多かれ少なかれ人類学的な根拠に基づいて、とりわけ小規模な国民国家を擁護することで反論する。EUの事実上の憲法――30カ国近くによる「実質的に読解不可能な2つの条約」から成り立ち、 「各々がいかなる変更に対しても拒否権を行使できる」——は、経済の民主的運営を「無制限な資本の移動」に置き換えるだけでなく、「テクノクラート的統治によって仕組まれた文化的統一という道徳的ユートピア」をもって、独自の国民文化を奪い取っている。EUの新自由主義的設計者たちが創出を目指した超国家は、その巨大な規模と中央集権化によって、民主的権力と地域的な文化的独自性を事実上押し流してしまうだろう。(52)
シュトレークの「政治的規模の政治学」によれば、こうした反民主的な弊害を回避するには、EUを自発的な連邦として再構築し、小国家の特権を再確認するしかない。あるいは、権限の委譲(対照的に、 例えば「ナチスの中央集権的な超国家」との対比において)は、領土や人口の絶対的な規模と同様に重要視されているようだ。いずれにせよ、小国家のみが、国民主権と、ギボンやポラニーを根拠としてシュトレークが「人間の社会化の構成的特殊性」と呼ぶものの両方を尊重することができる。結局のところ、 「異なる種としての特徴は、自然的な特異性の欠如にある」のであり、それに対応して、地域ごとに言語、文化、世界観が多様化している。もちろん、領土国家と文化的国民国家は「ほとんど決して一致することはない」ものであり、それを一致させるには途方もない暴力を伴わなければならない。しかし、小規模で、おそらく連邦制をとった国家であれば、中央集権的な欧州超国家には決してできないことだが、統一性を損なうことなく異質性を受け入れることができる。(53)
人類に本質的に備わる文化的多様性にもかかわらず、シュトレークは、「復活した」国民国家が――ハイエクの自由市場における「イソノミー」への皮肉な言及として――世界資本主義に対する共通の対応へと収斂する可能性を排除していない。新たな民主的権限と使命を授かったこうした国家は、下からの動きとしてグローバル化を「巻き戻す」ための一連の措置を講じることができるだろう。すなわち、不可欠な財のサプライチェーンを短縮し、それによって戦争や大国による支配に対する脆弱性を低減すること。資本主義の「悪影響」から市民をよりよく守るために、「経済的愛国主義、さらには保護主義」を公然と掲げること。経済政策を内需主導の成長、すなわち「 『国内の消費者のための国内生産』」へと経済政策を転換すること。公共交通、教育、医療といった公共財の提供を商品化から脱却させること。そして、国内の生産と消費のために、実質的に社会化された国家財政システムを構築すること――これは、ケインズが1933年の『イェール・レビュー』で述べた次の格言に沿ったものである。
「思想、知識、科学、もてなし、旅行――これらは、その性質上、国際的であるべきものである。しかし、合理的かつ便宜上可能な限り、財は自国で生産されるべきであり、とりわけ金融は主に国内的なものであるべきだ。」(54)
こうした手段による国家社会民主主義の再発見――グローバル化から脱却した数多くの者たちによって独自に達成されたもの――は、ネオリベラリズム時代の続編を構成し、代替的な経済体制の主権を尊重する国家間システムを確立することになるだろう。ここでシュトレークは、ポラニー が提唱した、第二次世界大戦直後にトルーマン政権が「普遍的資本主義」の勝利への前奏として、対立するブロックへの二極化を推進するよりも前に、多様な地域計画システムの平和的共存についてのポラニー事例を参照している。(55)シュトレークにとって、ミラノヴィッチと同様、中国の台頭の重要な特徴は、そのような制度的多元主義を生き生きとした現実のものとし、民主化された ――あるいは社会民主化された――ヨーロッパが、その国民国家がポストグローバリズム時代においてネオリベラリズムからの「下方」への脱出を模索する中で、拡大・充実させることができると期待できる現実なのである。
とはいえ、そのような展開の論理を、人類という種の普遍的特殊性の中に見出すことは、シュトリークが認めている以上に空想的である。何しろ、数百万あるいは数千万の住民からなる「小国」でさえ、いかなる人類学的な時間軸で見ても、真に巨大な政治共同体として現れ、個々の市民をほとんど存在感のない存在にまで縮小させてしまうからである。確かに、国家代表チームのファン心理のような、幻覚的な「帰属意識」とは対照的な、真の共同体には、さらに小規模な枠組みが求められるに違いない。一方、シュトレークの構想において、数多くの国家主権回復の共通の結果となり得る経済政策における相対的な国際的均一性は、左派がもはや率直に唱えず、明示的に拒絶しているある種の潜在的な普遍主義を暗示している。彼自身も明示的に拒否している。これらの懸念――すなわち、国民国家はコミュニティにとっては広すぎ、普遍性にとっては狭すぎるという状態から抜け出せない――を総合すると、新しいナショナリズムは、人類の最終的な在り方というよりは、むしろ歴史的な通過点である可能性が高いことが示唆される。
しかし、これらはシュトレークの政治的議論とは間接的な関係にある哲学的な問いであり、 これらを、すべての国家を単一のルールに縛りつけようとした米国主導のグローバル化体制の下ではなく、彼やポラニーが提唱するような、多元的で非ヘゲモニックな国際システムの中で探求した方がよいという点では例外である。彼の真の功績は、新自由主義的グローバル化によって失われた国家主権と民主主義の復活において、左派こそがその正当な受益者であり主導者であるという説得力のある論証にある。
どこまで巻き戻すのか?
その最終的な行方や政治的性格がどうであれ、経済ナショナリズム――あるいは、イリアス・アラミとテア・リオフランコスが最近のエッセイで呼んでいる「国家資本主義」――における近年の取り組みの規模は、否定しがたいものである。(56)アラミとリオフランコスは、2000年以降の変貌した状況を概観している。ミレニアムの変わり目に1兆ドル未満の資産しか保有していなかったソブリン・ウェルス・ファンドは、現在では約15兆ドルを管理している。国有企業の規模は54兆ドルに達しており、これは2000年の4倍以上に相当する;また、2017年から2023年にかけて、新たな産業政策の発表件数は9倍に増加した。関税、輸入禁止措置、輸入割当も世界中で増加している。もっとも、トランプ氏による保護主義措置の気まぐれな導入と撤廃は、長期的な産業政策とは到底言えず、むしろ政権の側近たちによるインサイダー取引を助長した可能性が高い。
それにもかかわらず、国際貿易と金融は、新型コロナウイルス感染症のパンデミックやロシア・ウクライナ戦争以前とほぼ同様の状態で続いており、その流れは国家の介入によってまだ決定的に変化してはいない。結局のところ、政府系ファンドは民間資本と同様に国境を越えた金融規制緩和の恩恵を受けており、公的課税ではなく金融投機によって国家収入を調達している限り、ネオリベラリズムを侵食するのではなく、むしろ支えていると見なすこともできる。中国の国有企業は別として、世界規模で見れば、国有企業は依然として民間企業に比べれば微々たる存在であり、その投資戦略は主に民間企業によって決定されている。また、世界銀行の推計によれば、世界経済に占める国際貿易の割合は2025年に68%へと上昇し、過去最高を記録した。アラミとリオフランコスがトランプの「重要鉱物」獲得への執着に焦点を当てていることが示唆するように、新たな経済ナショナリズムは、今のところ、抜本的なものというよりは、あくまで特定の分野に限定された現象にとどまっている。
言い換えれば、ネオリベラルなグローバル化は、これまでのところ、実践的な敗北というよりは、イデオロギー的な敗北を喫しているに過ぎない。しかし、知的・政治的な反動を過小評価してはならない。世界中の評論家や政治家は、もはやネオリベラリズムの教義 ――これらは、常識という静寂の中で暗黙の了解として語られることで、かえってその効果を高めてきた――を、経済政策や政策不在の正当化として頼ることはもはやできない。彼らはもはや、ネオリベラルなグローバル化を無言の驚嘆をもって称賛することも、あるいはより諦観を込めて、市場の動きを前にして自らの無力さを訴えることもできなくなったのだ。ネオグローボが約束した普遍的な繁栄をもたらせなかったという失敗が、それ自体でそのイデオロギーの終焉を意味するわけではない。ユートピアというレトリックが失敗した場所では、必然性というレトリック(サッチャーの「他に選択肢はない」)がいつでも再び持ち出される可能性はあったのだ。しかし、そのような宿命論は、国家資本主義的な手法によって達成された、中国における大規模な貧困脱却と雪だるま式に拡大する成長という圧倒的な実例には太刀打ちできなかった。この規模での教訓は、新自由主義のペンス・ユニークを真っ二つに引き裂き、豊かな西側諸国において経済ナショナリズムへの率直な試みを可能にした。そのイデオロギー的な影響は計り知れない。もし国家が、グローバル市場に逆らって国民の福祉を確保する可能性を享受するのであれば、 それを実行する責任も負うことになる。
確かに、現代において復活した経済ナショナリズムには、狭隘な愛国主義的な利権主義という可能性も含まれている。それは、政府が「公益」を体現すると主張する特定の企業やセクターを優遇するものの、実際には極めて特殊な利害を反映しているものである。アラミとリオフランコスは、トランプ政権が、商務長官の息子たちが運営する投資銀行と、トランプの長男たちが非公開の持分を保有するベンチャーキャピタル企業の双方に対し、海外の「 重要鉱物」へのアクセスを容易にしたと指摘している。(57) 他のトランプ流の詐欺と同様、 こうした縁故主義的な譲歩は、産業政策という新たな基盤の上で全体的な成長を確固たるものにする真のプログラムというよりは、衰退しつつある国民経済を略奪しようとする個人的な企てのように見える。しかし、経済ナショナリズムに対する皮肉や混乱に満ちた言及があるからといって、異なる政治主体による誠実かつ知的な主張が排除されるわけではない。主流派の政治家たちは、多かれ少なかれ妨げのない私的蓄積に依然として忠実な有権者を不安にさせることなく、社会全体のためにどれだけの国家介入に踏み切れるかを、間違いなく試すことになるだろう。一方、社会主義運動は、同様の政策を提唱することで資本からさらに強い抵抗を招くだろう――たとえそうすることで生じる内部矛盾が比較的少ないとしても。アラミとリオフランコスは、これまでのところ主に右派や中道派による経済ナショナリズムへの試みが、左派にとってどのような機会を暗示しているかを指摘している:
世界中の左派のプロジェクトは、社会的・経済的・生態学的生活を支えるインフラに対して、合理的かつ意識的な方法で集団的統制を行使するために、公的機関の機能を取り戻すことなど、独自の実験に取り組まなければならない。(58)
当然のことながら、グローバル化の破綻が、右派、左派、あるいは中道派を問わず、経済ナショナリストたちに成功を保証するわけではない。歴史的に見て、ズースの孤立主義・拡張主義的な「ナショナリストのジレンマ」に対する最も満足のいく対応は、まず孤立させ、その後で拡大するというものであった。すなわち、選別された国内企業や産業を、外国製品の輸入障壁が存在しない国々への国際的に競争力のある輸出業者となるまで保護するのである。言い換えれば、ある国における経済ナショナリズムが成功するのは、通常、他の国々が、少なくとも自国経済の関連分野において、そのようなナショナリズムを控えている範囲内でのことだった。一方、輸入品を国産品で恒久的に置き換えることを目指す輸入代替政策は、高価で非効率な製品の製造を招く危険性をはらんでいた。このシナリオを回避するには、国内競争を過度に刺激し、常に短期間のうちに独占という正反対の状態に陥りかねない企業が過剰に存在することで、規模の経済が失われるほどにしなければならなかった。言うまでもなく、民間資本は常に資本規制をくぐり抜け、海外でより高いリターンを求めようとした。また、国内の高賃金は、それ自体としては望ましいものであっても、 輸出業者の国際競争力を損なうのと同様に、国内ブルジョアジーの生活様式をも損なうことになる。
要するに、経済ナショナリズムの最も成功した取り組みでさえ、いかなる資本主義国にとっても、国益という象徴が各階級の矛盾する利益を調和させることができなかった、本質的に不安定な仕組みを常に構成してきたのである。ましてや、停滞、過剰生産能力、そして急増する債務という状況下において、国家間の国際競争が将来、共通の繁栄水準をもたらすことなどあり得ない。そして、 相対的な貧困に陥る国は、形式的な主権の代わりに、より豊かなライバルによる実質的な支配を受け入れるリスクを負うことになる。言い換えれば、現代の資本主義諸国は、経済ナショナリズムの伝統的な罠に真っ向から突き当たることなくして、ネオリベラルなグローバル化から逃れることはできない。実際、マーチャントの指摘通り、政治経済学における最近の「国家回帰」が、救済を約束しながらも世界的な景気減速をさらに深めるだけであるならば、世界舞台から姿を消していた間に、経済ナショナリズムに伴う課題は単に増幅されてしまったに過ぎない。
突破口はあるか?
とはいえ、経済ナショナリズムの遅ればせながらの再発見は、そもそも経済と政治の分離を一度も受け入れてこなかった社会主義左派にとって、明確な好機をもたらしているように思われる。だがそうであるならば、なぜ右派の経済ナショナリズム――ジャーナリズムでよく使われる用語はポピュリズム――が、これまでのところ、左派のいかなる経済ナショナリズムやポピュリズムよりも有権者から支持を得てきたのだろうか? 右派の経済ナショナリストと形容できる人物たちが、世界中の主要国で政権を握っており、一方では「改革党」や「国民連合」が舞台裏で待機している。左派にはそのような栄光は言えない。ギリシャでは、シリザが2015年の選挙で圧勝したものの、ほぼ直後に緊縮財政とユーロへの支持を公約した。その後数年間、 まず英国のコービン、続いて米国のサンダースが、それぞれの国の中道左派政党を掌握し、それらを左派ポピュリズムの道具へと変貌させようと説得力のある試みを行ったが、結局は及ばなかった。これは、1998年以降、グローバル・サウスにおけるネオリベラリズムの危機に立ち向かったラテンアメリカの「ピンク・タイド」政権が直面した、より大規模な行き詰まりを彷彿とさせる。おそらく、この10年間における左派経済ナショナリズム――この用語があまり大げさでないならば――の最も重要な例は、ブラジルのルラ第2期政権(2023年の「ボルサ・ファミリア」の更新や熱帯雨林保全への多額の投資を含む)と、メキシコのシェインバウム政権である。後者では、60~64歳の女性労働者(非正規部門や無給の家事労働に従事する者)を対象とした「女性年金」の創設、 さらに、高齢者や障害者への在宅医療訪問制度の確立などである。(シェインバウムはまた、2027年から最低限の形の国民皆保険を導入すると約束している。)これらのプログラムの野心よりも、その控えめな規模の方がむしろ際立っている。
選挙における左派が、経済ナショナリズムの復活を自らの有利に活かすことに比較的失敗した理由は何だろうか。左派政党とは異なり、右派や「死んだ中道」の政党は、非の打ち所のない資本主義的信条を有しており、それによって共産主義の亡霊を呼び起こすことなく国家介入を推進することができた。対照的に、中道左派の旧社会民主主義勢力は、市場を大幅に誘導・規制するよう求めた際、特に強い疑念を抱かれることになり、実際にそうであった。しかし、支持基盤の中でもより裕福な層や専門職・管理職層の見解や物質的利益を考慮すれば、彼らがそうした措置を講じようとする傾向はほとんどなかった。最後に、そしておそらく最も重要な点として、中道左派も、真の、あるいは急進的な左派も、移民労働力という重要な生産要素の自由な流れを制限することに対して、他の政治勢力に比べてむしろ消極的になっていった。どの先進国においても、中道左派政権によって管理されていた国境は、もちろん「 開かれた国境」とは程遠いものであったが、それは大量移民に対する気まずいほどの両義性を表しており、コスモポリタン的な反人種差別主義と、安価な労働力に対する過剰な渇望との間でバランスを取ろうとするもので、ナショナリスト的な右派のような悪意に満ちた明快さは欠けていた。これは、フレデリクセン率いるデンマークやスターマー率いる英国のように、国境の厳格な取り締まりにおいて右派に匹敵しようとする場合を除き、左派の政治家たちが概して避けがちなテーマであった。
とはいえ、左派ポピュリズムや経済ナショナリズムは、コービン、サンダース、そして(現時点では)メランションの挫折や、ラテンアメリカにおける 「ピンク・タイド」の衰退が示唆するよりも、明るい未来が待っているかもしれない。冷戦時代に形成された年配の有権者にとって、左派からの市場介入の声が依然として懸念材料であるとしても、若い世代にとっては同じことが当てはまらない。彼らにとって「社会主義」 といえば、ソ連時代の困窮よりも、無料のバスや保育所といったイメージを連想させる可能性が高いからだ。まだではないが、間もなく、社会主義者たちにとって、私的蓄積の支持者に多大な支持を依存しているリベラル派や右派とは異なり、経済の再政治化に妥協なく取り組めることが強みとなるかもしれない。さらに重要なことに、現代資本主義の論理には、左派に有利な形で、大規模な移民の政治的価値を逆転させる可能性が秘められている。最近、富裕で主に白人が住む国々への、肌の色が濃い移民の大量流入は、右派にとって貴重かつ政治的に成功した不満の種となっている。そうした労働者たちが低賃金のサービス業の職に就き、自国民から仕事を奪った以上に税収基盤を大幅に支えていたという事実はさておき、 シーモアが分析したような「政治的夢の構築」によれば、新たな国々における彼らの存在は、その肌の色を通じて、高齢化する地方住民にとって現実的でありながら目に見えず、本来は関係のない脅威――産業空洞化、文化的衰退、そして単なる死亡率の上昇――を象徴していたのである。選挙戦において中道左派の多くは、恥ずべきことに、この不当に正当化された恐怖心を助長するか、せいぜい無視してきた。
移民問題に関して、これとは異なる、より明快な立場を打ち出す政治家たちが現れるのを待っている。ここ数年、新聞各紙は 、矛盾した二つの報道で溢れかえっている。一方では、豊かな国々の土着人口は低出生率により高齢化・減少しており、国家の財政健全性を脅かしている。他方では、その同じ人口が、圧倒的に若く、大家族を持つ移民の流入に反発している。右派には、この問題に対する答えがない。あるとすれば、オルバーンのハンガリーで決定的な失敗に終わったような、出産奨励政策によって強化された「白人の多産性」という幻想だけである オルバーン率いるハンガリーで明らかな失敗に終わったような、出産奨励政策によって裏付けられた「白人の多産」という幻想以外に、この問題に対する答えを持っていない。同様に、主流派や中道派の政治もまた、この行き詰まりに直面して足踏みしている。右派政権が達成した水準に匹敵、あるいはそれを上回るペースで強制送還を実行しつつ、人種差別的な発言を控えているのだろうか。
この状況の論理をようやく認め、受け入れ、大量移民がもたらす明らかな繁栄と活力が、特に高齢の有権者が亡くなっていく中で、あらゆる怨恨に満ちた停滞に打ち勝つと賭ける左派には、大きな見返りが待っているかもしれない。そのような左派は、単に大規模な移民を「容認」するだけでなく、それを称賛し奨励するだろう 。この姿勢は、多くの先住民の誇りをかき立てるに違いない、ある種の無害な文化的ナショナリズムを新規移住者に体験させることとは決して矛盾しない。例えば、国民文学や映画の無料アンソロジー、国民音楽や舞踊の無料指導、そして信仰の自由に対する率直な国家的コミットメントなどである。(59) 他の条件が同じであれば、人口の増加は経済の成長を意味し、将来の世代は2020年代前半から中盤の政治を不思議に思うかもしれない。若年労働者の流入や就労を、魅力的な経済ナショナリズムの形態と相容れないものと見なしていた当時の政治を、将来の世代は不思議に思うかもしれない。
ナショナリズムの復興において左派に与えられたもう一つの機会は、より遠くて理論的なものだが、その重要性は決して劣らない。言うまでもなく、リスト以降、新しい経済ナショナリズムは、ネオリベラリズムの教義の根幹をなす経済と政治の分離に異議を唱えている。しかし、これまでのところ、その批判は控えめで躊躇がちなものに留まっている。著名な政治家の中で、経済ナショナリズムの代弁者となっているのは、主に経済活動における国家の役割を再発見することで時間稼ぎをしている不安を抱えたリベラル派か、あるいは「新しい地球(ネオグローボ)」への恐怖を抱きつつも、それに代わる説得力のあるオルタナティブを提示できていない右派の排外主義者たちである。マーチャント、ミラノヴィッチ、シーモア、ストリークは、それぞれ異なる形で、経済ナショナリズムの方向に向けたこうした神経質で不機嫌な見せかけの試みでは、彼らが直面する不平等や景気減速を緩和することはできないと示唆している。しかし、右派ポピュリストや時流に流されるリベラルとは異なり、左派は 「経済は民主的政治から隔離されておらず、また隔離されるべきでもない」という前提を論理的帰結まで突き詰めることができるからだ。
多くの左派思想家は、まさにこのような私的経済意思決定と公共政策の形式的な分離こそが、実のところ資本主義そのものを構成する要素であると主張してきた。そうであるならば、いかなる派閥のブルジョア政治家によるその分離の拒否も、あくまで暫定的かつ断片的なものに過ぎない。政治と経済の再統合が、包括的な形の 、散発的な保護主義を乗り越え、資本主義そのものを完全に超越し、生産手段、金融、交換の徹底的な社会化――必ずしも国有化とは限らない――に到達することができるのだ。要するに、ブルジョア政治にとって、経済ナショナリズムはリベラリズムや自由放任主義に比べて改善されたものかもしれないが、混乱や矛盾を合理化する、中途半端な段階のイデオロギーに過ぎない。一方、左翼にとっては、原則として別のもの、すなわち資本を超えた生活への入り口となり得る。
変化する地平
いずれにせよ、今日の経済ナショナリズムが直面する世界情勢は、ネオリベラリズムが圧倒的な勢力を得る前の1950年代から60年代にかけて、貧困国の開発主義と富裕国のケインズ主義の両方を容認していた急成長期の世界経済とは、大きく異なるものである。とりわけ、生態学的展望の対比はこれ以上ないほど鮮明である。作物の収量を劇的に向上させた一方で、世界の農民人口を戦前の数分の1にまで縮小させた「緑の革命」の初期から、今後数十年にわたって食糧生産の不安定化を招きかねない21世紀の気候変動の混乱、そして同程度の規模のその他の混乱に至るまで、その対比は際立っている。
上述した書籍のほぼすべてが、少なくとも私たちの直面する生態学的窮状の深刻さを認めている。例えば、シュトレークは、グレタ・トゥーンベリやその仲間たちによる「地球環境の危機」への対処の必要性に関する道徳的説得に対して、巨大な官僚機構よりも小規模な国家の方がより開かれた姿勢を示す可能性があると示唆している。(60)だが一冊の例外を除き、 どの著書も、台頭する経済ナショナリズムというビジョンに、生態学的危機の予兆を真に統合してはいない。この意味で、これらの著書は、ジェイソン・ムーアが批判する「グリーン算術」の罠に陥っている。すなわち、生態学的理解が政治経済学の批判に単に付加されただけで、それを変容させていない。まるで、資本が蓄積され、環境の赤字が積み上がっていくのが、私たちの知的・政治的な帳簿において、完全に分離された欄に記されているかのように。(61)公平を期すならば、ムーアの批判に応えることは、言うは易く行うは難しである。しかし、21世紀の国民国家が、国民が幸福を見出す(あるいは見出さない)物理的な地形や気候を欠いた、地図上の空虚な輪郭としてしか現れないことを防ぐためには、少なくともその試みを行う必要がある。国民国家の歴史には、その国民がわずか数年という短期間のうちに大きな変化を遂げ得るという事実から、すでに多くのドラマが紡がれてきた。この事実と、もう一つの事実――すなわち、河川、氷河、 ツンドラ、森林、農地、海岸線――といった景観や領土が、今後、人口が人口統計学的に静的であるのと同様に、生態学的に安定しているとはもはや言えなくなるという事実との組み合わせから、さらなるドラマが生まれるだろう。
シーモアは『災害ナショナリズム』において、新しい経済ナショナリズムの考察が、その基盤となる生態学的土壌や自然環境を見落としているという通説に対する例外を示している。彼は、気候変動とそれに伴う自然災害によって、今世紀半ばまでに12億人が避難を余儀なくされるという予測に言及し、この難民の洪水が「 より暴力的な国境体制を求めるナショナリスト的な圧力を強める」可能性があると認めている。もっとも、そのような結果は、それ自体が自然のプロセスというよりは、常に政治的な選択として捉えられるべきものである。同様にシーモアは、極端な気象現象による固定資本――肥沃な農地であれ工業施設であれ――の広範な破壊が、過剰蓄積された資本を十分に淘汰し、新しく、より強靭な蓄積のサイクルを切り開くきっかけとなるかもしれないと推測している。もちろん、こうした暗澹たる可能性は、生態学的災害の中に存在する解放的な可能性を排除するものではないが、 しかし、彼の全体的な考察に付随するこのユートピア的な付記について、シーモアは明らかに抽象的な表現にとどまっている。「意識が高められ、民主的な生活が築かれるのは、歴史的運動の中においてである。」(62)
いかなる経済ナショナリズムの前提も、国境内で繁栄と安全の基礎が安定的かつ継続的に確保されていることに依拠している――そして、まさにこの前提こそが、生態学的災厄の時代によって、ほとんどの国家において覆されようとしているのだ 。確かに、米国、中国、ブラジル、ロシアのように、極めて広大で生態学的に多様な国々の中には、拡大し頻発する干ばつや山火事、ハリケーンや洪水、極渦やヒートドームを吸収し、 その領土の大部分を災害復旧に充て、国の繁栄を危うくすることなく、これらに対処できるかもしれない。しかし、領土が小さく、環境が均一な国家の大半は、巨大な国家がその性質上行うような形で、生態系リスクをヘッジすることはできない。その結果、地域的な環境災害は国家規模の経済災害へと発展する可能性が高く、国家は自立能力が最も低下しているまさにその時に、自らの資源に頼らざるを得なくなる。このような事態は、衰退しつつある ネオリベラルなグローバル化の魅力を復活させるには程遠い。ネオリベラルなグローバル化は、常に窮地に立たされた国々を自力で切り抜けるしかなく、慈善を祈るしかなくしてきたからだ。しかし、国際協力や相互扶助から疎外された、過度に厳格な経済ナショナリズムを推奨するものでもないようだ。そのような孤立は、予測不可能な苦難に対する脆弱性を単に過度に高めるだけである。
はるかに魅力的なのは、理想的にはエコ社会主義国家同士による二国間または多国間の協定のネットワークに組み込まれることだろう。そこでは、各国家が自らの資源消費と環境汚染を、複雑な社会の存続に耐えうる水準に制限し、必要に応じて互いの損傷したインフラを再建し、避難民を相互に受け入れることに合意する。現時点ではそのような協定がどれほど実現不可能に見えようとも、 今日、それらに代わる選択肢は、実際には破られることしか想定されていない地球規模の気候条約――そして、明日には、孤立した国民国家における社会的・自然環境の崩壊である。当面は環境が比較的健全な状態を保っている国家が、より不運な隣国を略奪したり侵略したりし、被害を受けた国家の、減少してはいるものの依然として価値のある農業生産能力、 工業施設、住宅ストック、原材料を自らのものとして奪い取る――一種の「生態学的ヒトラー主義」である。
今のところ、経済ナショナリズムの最近の再台頭は、国民国家が依然として、気候や生物圏という国境のない現実から何らかの形で独立した、独立した単位として見なすことができるという前提に立っている。この前提は不誠実である。生態学的観点から見れば、国民国家は密閉された区画ではなく、精神的な区分けに過ぎない。21世紀の新たな生態学的現実――すなわち、あらゆる国が生態学的荒廃に対して執拗でありながら予測不可能なほど脆弱であるという事実――を直視すれば、左派政治の最も古く伝統的な原則の一つ、すなわち「真に価値あるナショナリズムには、それに伴うインターナショナリズムが不可欠である」という原則を改めて思い起こさせられる。その不平不満や複雑さにもかかわらず、古典的マルクス主義の議論におけるいわゆる「民族問題」は、二つの単純な前提を中心に据えていた。一方では、特定の領土における圧倒的多数を占める労働者階級の人々が、あらゆる外部からの主張に抗して、その政治を決定するにふさわしい主体である。これこそが、マルクスとエンゲルスがアイルランドやポーランドの独立を支持し、レーニンが民族自決を一般的に支持した理由である。形式的な帝国主義の終焉は、この原則をほとんど廃れさせるものではない。
同時に、世界を包括的に社会主義的――あるいは今日ではエコ社会主義的――に統合するというビジョンは、あらゆる国の労働者が団結し、各国の国民がようやく十分な真の主権を享受して、それをルクセンブルクの言葉を借りれば「統一的な計画に従って世界規模で運営される社会化された経済」へと希釈していく未来を、マルクス主義者たちに示してきた。(63)民族問題に関する古典的マルクス主義的考察の弱点は、常に、単独の自決と包括的な世界革命との間の中間段階を理論的に軽視していた点にあった。すなわち、自決を遂げた社会主義国家は、実質的に資本主義のままである世界において、互いの取り組みを強化し、拡大するためにどのように連携すべきか?運が良ければ、多国家からなる左翼ブロックの形成と成長というこの課題は、今世紀中に再びある程度の実際的な重要性を取り戻すだろう。
ネオリベラルなグローバル化は、歴史上のいかなる事例よりも一時的に、「世界規模で統一的な計画に従って運営される」単一の経済形態に近づいた。これは、ローザ・ルクセンブルクが理解した革命的左派の普遍的な目標の、逆転した滑稽な実現に他ならなかった。私たちの悲劇は、数十年後の今、民族問題の初期の理論家たちが決して想定しなかった地球規模の生態系破壊という状況下でなければ、社会主義的あるいは共産主義的な対抗秩序が成立し得ないという点にある。この状況はマルクスの格言を逆転させ(ネオリベラルな)茶番が(エコ社会主義的な)悲劇に先立つ。しかし、エコ社会主義が民族的野蛮主義よりも望ましいという単純な命題は、そのような皮肉に依拠するものではない。それが国から国へと勝利を収めることを期待するのは、突飛なことだろうか?
1Guillaume Apollinaire, Calligrammes: Poems of Peace and War (1913–1916), trans. Anne Hyde Greet, Berkeley and Los Angeles 1980.
2 Eric Hobsbawm, The Age of Extremes: The Short Twentieth Century, 1914–1991, New York 1995, p. 29; Nations and Nationalism since 1780: Programme, Myth, Reality, Cambridge 1990, p. 3. [エリック・ホブズボーム、大井由紀訳『20世紀の歴史―両極端の時代』、ちくま文庫、2018年]
3 Branko Milanovic, ‘To the Finland Station: Trump as a Tool of History’, Global Inequality and More 3.0, 7 January 2025.
4 James Kynge, Jude Webber and Christine Murray, ‘China’s New Back Doors into Western Markets’, ft, 5 September 2024.
5 Tooze, ‘Great Power Politics: What Was Bidenomics?’, lrb, 7 November 2024.
6 Nicholas Mulder, ‘Interludes of Abundance’, nlr 155, Sept–Oct 2025, reviewing Arnaud Orain’s Le monde confisqué: Essai sur le capitalisme de la finitude ( xvi e– xxi e siècle), Paris 2025. On the intellectual history of the concept, see István Hont’s Jealousy of Trade: International Competition and the Nation State in Historical Perspective, Cambridge ma 2005; Eric Helleiner, The Neomercantilists: A Global Intellectual History, Ithaca ny 2021.
7 これが最も陳腐な形で表れたのが、トーマス・フリードマンの「紛争予防のゴールデンアーチ理論」であり、マクドナルドのフランチャイズ店を誇れるほど十分に繁栄し、世界経済に深く統合された二国間では戦争は勃発しないという主張であった。フリードマンが1996年までこの理論を明確に述べていなかったにもかかわらず、この理論は1990~91年の湾岸戦争のような紛争を容認しているように見えた: 国連の承認を受けた国際連合軍による米国主導の戦争が、孤立し、国家主導の経済を持つ国を相手に行われた。また、「マクピース」は、その理論の枠組み内においても長くは続かなかった。1999年、米国とNATOはセルビアを空爆したが、同国には1988年に東欧初のマクドナルドがオープンしていた。フリードマン「Foreign Affairs Big Mac I」(『ニューヨーク・タイムズ』、1996年12月8日)を参照。詳細は『レクサスとオリーブの木』(ニューヨーク、1998年)に詳述されている。
8 Respectively: World Bank Data: Trade (percentage of gdp); ‘External Sector Report: Balances Receding’, imf, July 2024.
9 Milanovic, ‘To the Finland Station’.
10 David Harvey, A Brief History of Neoliberalism, Oxford 2005, p. 1. [デビット・ハーヴェイ、森田成也、木下ちがや他訳『新自由主義―その歴史的展開と現在』、作品社、2007年]
11 Philip Mirowski and Dieter Plehwe, eds, The Road from Mont Pèlerin: The Making of the Neoliberal Thought Collective, Cambridge ma 2009; Quinn Slobodian, Globalists: The End of the Empire and the Birth of Neoliberalism, Cambridge ma 2018.
12 Robert Brenner, ‘The Economics of Global Turbulence’, nlr 229, May–June 1998; an expanded version was published by Verso in 2006.
13 The ‘Washington Consensus’ was so named in a conference brief drafted by John Williamson of the Peterson Institute for International Economics, spelling out ‘What Washington Means by Policy Reform’ (1989).
14 Harvey, Brief History, p. 40; Melinda Cooper, Counterrevolution: Extravagance and Austerity in Public Finance, Princeton 2024; on which, see also Nic Johnson, ‘What the Thunder Said’, nlr 156, Nov–Dec 2025.
15 Bob Woodward, The Agenda: Inside the Clinton White House, New York 1994, p. 84.
17 Marvin Suesse, The Nationalist Dilemma: A Global History of Economic Nationalism, 1776–Present, Cambridge 2023.
18リストが『The National System of Political Economy』に記したように、「全面的な自由貿易の結果は、普遍的な共和国ではなく、それとは逆に、発展の遅れた諸国が、支配的な製造業、商業、海軍力に対して普遍的に従属することになるだろう」。リスト(1789–1846)は、ヴュルテンベルク州の皮なめし職人の息子であり、16歳で同公国行政機関の最下級事務職に就いた。若き公務員として、彼はドイツ諸邦の関税同盟の実現を訴えた。それは、小諸邦間の多くの障壁を撤廃し、地方の民主的代表制度に支えられた広範な対外保護関税の枠組みの中で、工業化を支えるのに十分な規模の共通市場を創出することを目的としていた。この活動により彼は懲役刑を宣告されたが、アメリカへの移住を条件に早期釈放された。彼はパリに滞在し、民主主義者のサークルに交じりながら、やがてアメリカへと渡った。1825年から1833年にかけての米国滞在中、リストは(ラファイエットを通じて)アメリカの経済ナショナリストたちと接触したほか、ペンシルベニア州の石炭および鉄道事業に投資を行ったが、当初は利益を上げたものの、後に大失敗に終わった。ジャクソン政権は1833年、外交官としての任務を帯びて彼がヨーロッパへ帰国することを後援した。帰国後、彼はライプツィヒ、パリ、アウクスブルクを転々とし、貧困と健康状態の悪化にもかかわらず、国民経済の発展のために倦むことなく執筆と運動を続けた。そして1846年後半、彼の思想に多大な影響を受けた大陸規模の革命の波が勃発するわずか1年余り前に、自ら命を絶った。
19 Suesse, The Nationalist Dilemma, pp. 163ff.
20 Respectively, Suesse, The Nationalist Dilemma: Ghana, pp. 194ff; Malaysia, pp. 253ff; Mao, pp. 151ff; Buchanan, pp. 307ff.
21 Bill Clinton, remarks made at the dedication of the Ronald Reagan Building and International Trade Center in Washington dc, 5 May 1998.
22 Suesse, The Nationalist Dilemma, pp. 10, 324.
23 Suesse, The Nationalist Dilemma, p. 326.
24 Nathan Sperber, ‘Beyond Neoliberalism?’, nlr 158, March–April 2026.
25 Respectively: Jamie Merchant, Endgame: Economic Nationalism and Global Decline, London 2024, henceforward, eg. Richard Seymour, Disaster Nationalism: The Downfall of Liberal Civilization, London and New York 2024, henceforward, dn; Wolfgang Streeck, Taking Back Control?: States and State Systems after Globalism, trans. Ben Fowkes and Joshua Rahtz, London and New York 2024, henceforward tbc; Branko Milanovic, The Great Global Transformation: National Market Liberalism in a Multipolar World, London 2025, henceforward tggt.
26 eg, 11–13.
27 eg, 73, 13.
28 eg, 153–54.
29 eg, 154, 134.
30 eg, 135.
31 eg, 197. The concept of a Western capitalist ‘holding pattern’ was drawn from Gopal Balakrishnan, ‘Speculations on the Stationary State’, nlr 59, Sept–Oct 2009.
32 tggt, 3.
33 tggt, 5, xiii.
34 tggt, 21–22.
35 tggt, 29, 41.
36 Joseph Schumpeter, ‘The Sociology of Imperialisms’ [1918–19], cited in tggt, 67.
37 tggt, 75–76.
38 ‘Middle-class’: The Great Global Transformation retains the us Cold War euphemism for the American working classes.
39 tggt, 76.
40 tggt, 152, 156.
41 tggt, 197.
42 dn, 3.
43 dn, 27.
44 dn, 42.
45 dn, 46.
46 tbc, ix, xii.
47 Wolfgang Streeck, Buying Time: The Delayed Crisis of Democratic Capitalism, trans. Patrick Camiller and David Fernbach, London and New York 2014. [ウォルフガング・シュトレーク、鈴木直訳『時間かせぎの資本主義―いつまで危機を先送りできるか』、みすず書房、2016年]
48 tbc, xii.
49 tbc, xii.
50 tbc, 53, 254.
51 tbc, 53, 52.
52 tbc, 56, 57, 191, 199.
53 tbc, 164, 159.
54 John Maynard Keynes, ‘National Self-Sufficiency’, Yale Review, vol. 22, no. 4, 1933, cited in tbc, 297.
55 Karl Polanyi, ‘Universal Capitalism or Regional Planning?’, London Quarterly of World Affairs, vol. 10, no. 3, 1945, discussed in tbc, Chap. One.
56 Ilias Alami and Thea Riofrancos, ‘Trumpian State Capitalism: Critical Minerals Security and us Economic Interventionism’, Phenomenal World, 10 June 2026.
57 Alami and Riofrancos, ‘Trumpian State Capitalism’.
58 Alami and Riofrancos, ‘Trumpian State Capitalism’.
59 「ずっと昔、私はふと気づいた。自分が属する国とは、よくあるレトリックが言うような『愛する国』ではなく、『恥じる国』なのだと」と、故カルロ・ギンズブルグは『恥の絆』(nlr 120号、2019年11月~12月)に記している。これは、歴史や時事問題に関して言えば、極めて真実を突いているように思える。一方、文化的な観点からは、自分が属する国はむしろ誇りの源泉となることが多く、自分がよく知っているどの国の文化――音楽、映画、文学、視覚芸術、建築――であれ、その国特有の、そして正当性を裏付けるような輝きに欠けているものなど考えられないように思われる。
60 tbc, xv.
61 Jason Moore, Capitalism in the Web of Life: Ecology and the Accumulation of Capital, London and New York 2015, pp. 2, 22, 78–81.
62 dn, 193, 205.
63 Rosa Luxemburg, ‘The National Question’, in The National Question: Selected Writings, ed. Horace Davis, New York and London 1976 [1909], p. 190.
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